天槍のユニカ



冬は去る(1)

第11話 冬は去る

「それからあとのことは何も覚えていません。気がついたらペシラの太守館にいて、時々王妃様がやってきて私の世話をしてくれたことはぼんやり覚えているけれど……ブレイ村がなくなってしまったのだと理解したのはアマリアに連れてこられてからでした」
 ユニカは青白くなった唇を震わせてかすかに笑う。それが話の終わりの合図だった。
 彼女の向かいでじっと話を聞いていたパウルは石像のように動かなかったが、老僧の目には深い悲しみと驚きが渦をなしている。彼の傍らにたたずんだままのエリーアスは――顔を伏せているものの、パウルよりずっと激しい感情の渦に呑まれていることは明らかだった。
「なんで、そんなことになるまで村に留まったんだ。無茶だ、たった三人でなんとかしようだなんて」
 足許に向けて吐き出されたエリーアスの声には隠しきれない怒りがにじんでおり、所在なくテーブルの上に視線を落としていたユニカは怯えたように肩を強張らせる。
「……私がいなかったら、なんとかなっていたのかも知れないわ」
「……アヒムを殺したのは、誰なんだ。村の奴か」
 続く問いに、ユニカはようやく顔を上げた。しかし、彼女が見つめる先にいるエリーアスは床を睨んだままで、ユニカの表情がくしゃりと歪んだのを見ようともしない。
「私よ」
 途方に暮れた迷い子が今にも泣き出しそうな目で、ユニカははっきりと口にした。
 その青い目の表面を分厚い涙の層が覆うさまを見守りながら、ディルクはただ拳を握る。
「私がいなかったら、導師様も、キルルも――」
「そんな話が聞きたいんじゃない!!」
 エリーアスの怒声が部屋中の壁をびりびりと震わせる。パウルが弟子を宥めようと手を伸ばしたが、その手がエリーアスに触れる前に彼はふらりとユニカに背を向けた。
「だから聞きたくなかったんだ。お前は自分のせいにすればすむと思ってる。本当のことなんか何も分かってない」
 ユニカの頬に大きな涙の粒が落ちたのと同時に、部屋を出て行くエリーアスが叩きつけるように扉を閉めた。
 彼の幻を追うユニカの目からこぼれた涙は、たった一滴だけだった。血の気の引いた頬はすぐに乾き始め、やがて涙の代わりに虚ろな視線がエリーアスの立っていたあたりの床に落ちる。

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