ある少女の懺悔−亡星−(2)
窓を叩いていたのはキルルだった。彼女は回収してきた空の薬瓶の籠を抱えなおし、滑りこむように中へ入ってきた。
「嫌になるわね。喚いたって自分や家族の病気が治るわけでもないのに」
「またケンカしてる人たちがいるの?」
「そうよ。そういう連中に限って自分は働かないの。やることは山ほどあるのに、まったく」
ユニカもキルルのあとについて食堂へ戻ろうとしたが、扉に手をかけた彼女が機嫌の悪い顔で振り返ったので思わず足を止めた。
「鍵をかけた?」
「あっ……」
「だめよ、忘れちゃ」
「うん」
ユニカの心臓は緊張に縮みあがり、すぐに解放されたものの耳の奥にどくどくと不穏な音を響かせていた。ポケットにしまってあった二本の鍵のひんやりした感触も、これまでの暮らしになかった緊張感をユニカに与え続けている。
玄関と勝手口に頑丈な鍵をつけることをアヒムに提案したのはキルルだった。これまでの長閑(のどか)なブレイ村ではほとんど必要のなかったもの。もともとついていた錠前が錆びて動かなくなっていても、あのアヒムが放っておくほど無用の装置が、今この家には欠かせない。
ここには多くの薬が保管してあるし、ユニカもいる。病の人々が欲してやまないものが。
アヒムは、この村に自分を含めた医術の心得がある僧侶がいるから、よそから助けを求めて人々が集まっているのだと言った。けれどキルルがユニカに教えた事情はまったく違っていた。
『ブレイ村にどんな病気でも治す力のある娘がいるって噂を、みんな知っているのよ』
それは、キルルが再びアヒムの家で寝泊まりするようになったある日に彼女がユニカに言ってきかせたことだった。
『アヒムがあんたの血の力をなかったことにしようとしたって無駄だわ。あんたの母親の商売≠ヘすっごく手広かったんだもの。噂だけでも知っている人間は多いし、噂で不確かだからこそこんな時には確かめてすがりたくなるものよ』
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