ある少女の懺悔−落暉−(6)
要するにタルナート伯爵からすると、この七十年あまりはブレイ村に思い通りにならない僧が居座り、好き勝手に出来ないので面白くないという話だ。
タルナート伯爵家でも二回は当主が代わり、アヒムも領主との確執を受け継いだ四代目の導師だったが、徴税の時に伯爵の代官が行おうとするずる≠はねのけるため、緻密な税の計算書を突きつけねばならなかった。それを思い起こすと、伯爵が友好的な理由から村を訪ねてきたとは思えなかった。
「お久しぶりでございます、閣下。村までおいでになるとは……何かご用でも?」
とはいえ、アヒムに伯爵個人への悪感情はない。出来るだけ普通に、失礼のないように訊ねた。が、それを聞いた伯爵の表情は不快感もあらわに歪む。
「このような時に、用もないのに来るはずがなかろう。話がある。すぐに教会堂へ戻るがいい」
タルナート伯爵は挨拶を無視するところも物言いも居丈高だったが、その顔色がどこか切羽詰まっていることにアヒムは気づいた。
相手が貴族で領主とはいえ、彼らとはまったく別の組織の中でブレイ村を治めるように命じられているアヒムは、伯爵に対して下手に出る必要がない。アヒムは高圧的な相手の表情を観察しつつ、落ち着いて首を横に振った。
「閣下にはお急ぎのこととお見受けしますが、病人を診ているところです。教会堂でお待ちいただけませんか。すぐに参ります」
「病人!? まさかこの村にもあの病≠フ者がいるのか」
「ご報告の文は先日お送りしたはずですが……二人の村人が病≠ノ罹ったものの、幸い快復しています。今日診ているのはケルピッツ村の患者二名です。ロホス導師がお連れになったので」
アヒムに続いて外へ出てきた導師が恭しく頭を垂れる。するとどこか青白かったタルナート伯爵の顔色は朱に変わった。彼はあたふたとハンカチを取り出し、窓からのけぞりながら鼻と口を塞いでみせた。
「ばかな! 病人を連れて移動したというのか! わしの領内に病を広げる気か!」
「人の往来に行き当たらぬよう夜明け前に村を発ち、早朝に参りました。どなたかに病をうつした心配はないと思われます」
「そのような問題ではない! アヒム導師が罹りでもしたらどうする!? 誰がこの病を治すのか!」
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