天槍のユニカ



ある少女の懺悔−落暉−(4)

「それは、怖いこと、なのですか?」
「うん」
「――わたしではなかったら、誰がその少し≠決めるのですか?」
「……誰かは分からない。分からないから怖いんだ」
 濡れたユニカ目許をさすりながら疑問に答える養父は、疫病の知らせを聞いた時よりずっと不安げだ。ユニカには、この時は養父が恐ろしいと言うものがなんなのかを想像することは出来なかった。
「ユニカ、君の命のありようを決められるのは君だけだ。けれど、どうか簡単に差し出すような道は選ばないで欲しい」
 よく分からないながらも、ユニカはもう一度鼻をすすりながら頷く。
 このお咎めだけで養父は許してくれたということだろうか? キルルのことをもっと嫌いになったりはしていないだろうか? 
 ユニカがより不安だったのはそちらの方だが、言葉にして確かめる勇気がない。
「さぁ、キルルにごはんを食べさせてあげて。しばらく食事をしていなかったから、少しずつね。よく噛んでと伝えて」
 そう言って、香木の香りがするハンカチで涙と鼻水をきれいに拭いてくれたアヒムに背中を押され、ユニカはキルルの家にトコトコと歩み寄る。しかし、このまま養父との話を終いにしてもよいのかという疑問も消えず、玄関の扉を叩く前にそっと後ろを振り返った。
 笑みを浮かべた養父が、中へ入るのを促すように小さく頷く。
 キルルは助かって、養父もキルルやユニカを嫌いにならなかった?
 それなら、世界は少しだけもとに戻ったということだろうか。

     * * *

 二人の病人が快復したことで一度は明るい空気を取り戻したブレイ村だったが、領邦の全土が病に飲み込まれようとしている今、平穏は数日と続かなかった。
 隣接するケルピッツ村の導師が、疫病の患者を荷車に乗せてアヒムの許へ連れてきてしまったのだ。
 導師は学問の一つとして医術を学んではいるが、田舎の導師の知識などたかが知れている。疫病に対処する方法を思いつかなかった彼は、村人を救いたい一心でアヒムを頼ってきた。

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