ある少女の懺悔−落暉−(3)
「でもね、ユニカ」
後味が悪そうに鍋の上に視線を落としていたユニカは、沈んだアヒムの声に肩を震わせる。
「私は君の血と――命と、ほかの誰かの命を秤にかけるようなことはしたくないんだ。いや、かけられるべきじゃないと思ってる。それに、ユニカは少しの痛みなら構わないって思ったのかもしれないけれど、その少し≠ヘ、とても重い分銅なんだよ。君が思っているよりずっと、ずっと」
「ふんどう?」
ユニカは恐る恐る顔を上げ、心の中では首を傾げた。天秤の片皿に載せる小さな重りを思い浮かべるだけで、それがどうしてユニカの血の例えとなるのか分からなかった。
ただ、釣り合わないものを両の皿に載せた天秤は傾く。その様はひどく不吉に感じた。
「難しいことは、まだ分からなくていい。でも、こんなことはもうしないで欲しい。君にこんな方法を選ばせた私が悪いんだけど――」
「導師さまのせいじゃありません……!」
ユニカは慌てて否定したが、アヒムは厳しい顔で首を振る。
「ううん。私は、君に自分の力を封じ込めさせるばかりだった。だから言えなかったんだろう、キルルを助けたいって」
そうかも知れなかった、いや、確かにアヒムの言う通りだった。だから、アヒムを嘘で追い払ってから腕を切ったのだ。
「だけどね、もしユニカが打ち明けてくれたとしても、私は君が想像した通り『うん』とは言わなかった」
ユニカはなおも厳しく諭す養父の声と視線を受け止めながら、すんと鼻をすすった。涙を見せたらますます養父が辛くなるだろうと思って我慢しているが、どうしても視界は潤んでくる。
「君の命や、身体が感じる痛みを何かの対価にして欲しくない。それもあるし、君が思う少しくらい≠フ少し≠、君が選べなくなる可能性だってあるんだ。私は、それが一番怖い」
瞬いた瞬間にとうとう大きな涙の粒が頬に流れる。それを見たアヒムの表情からふと力が抜け、言葉にはしないにしろ、彼は申し訳なさそうに涙をぬぐってくれた。
ユニカはこれ以上は泣くまいと唇を噛み、熱い感情の塊をのみこんでからおずおずと尋ねた。
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