天槍のユニカ



ある少女の懺悔−落暉−(1)

第9話 ある少女の懺悔―落暉―

 絶句したあと、ふらつきながら立ち上がった養父の手が離れていった。ユニカはそのことにほっとする一方、青ざめたアヒムの顔を見上げるほどに自分のしたことが間違っていたと思い知る。
 けれど、間違っていたとしても、キルルの命を救うにはこれしかなかったはずなのだ。
 アヒムがキルルの小さな家を振り返ると、熱を帯びた朝日が彼の顔に深い陰を作った。キルルが目を覚ましたら浮かぶはずだった笑みはない。
 キルルの命は救うことが出来た。なのに、世界はもとに戻らないというのか。そればかりか、自分のしたことがますます二人の間にあった溝を深くしてしまったりしたら――
「導師さま、キルルは悪くないんです。わたしが自分で考えたの。導師さまの時のように、キルルに元気になって欲しいって思ったの……だからキルルを怒らないで」
 両手がふさがっていて養父にすがりつくことは出来なかったが、ユニカのか細い懇願は無事にアヒムを振り向かせることが出来た。
 彼は苦しげに、やっとのことでそうしたのが分かる頼りない笑みを浮かべ、再びユニカの前にかがみ込んだ。
「どこに傷をつけたの」
 思いもかけない質問に、ユニカはきゅっと唇を噛む。
 もう痛みもしないあの夜の傷は、しかしまだ、薄青い痣としてユニカの皮膚に残っていた。見せたところでなんにもないはずだったが、ユニカは即座に答えられなかった。
 ところが、ほんの一瞬、左腕を見下ろしたことにアヒムは気づいたようだった。ユニカが春物の袖の長い上着を着ていること、ユニカの利き手が右であることも合わせて、彼は容易に答えを導き出してしまう。
 鍋を抱えていて動けないユニカの左袖をそっとまくり、そこに走った一本の青黒い線を認める養父。
 彼はゆっくりと一つ瞬き、もう一度、同じくらいゆっくりと瞼を伏せながらユニカの傷を隠した。
「痛かったね」
 そして、薄い木綿の生地の上からユニカの細い腕をさする。
 痛みがとうに去ったことなど分かっているはずなのに、アヒムの手はあの晩の灼けるような痛みを鎮めようとしているみたいだった。

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