天槍のユニカ



ある少女の懺悔−罪禍−(20)

「あんたも頑張ってくれたもの。よかったね。ひとまずは村の中から病人がいなくなりそうだ」
 食事をして休んでから顔を見に行っておやり、と言うアリーセに頷き返し、アヒムは聖堂を出た。
 水盤の水は家の裏にある薬草の畑に乱雑に撒き、きちんと磨いて聖堂に戻しておくべき水盤も居間のテーブルに置き去りにしてキルルの家へ向かう。
 果樹の畑を目指す村人達の背中を見送りながらたどり着いたキルルの家は、朝の風を取り込むために窓を開けてあった。ロヴェリーかユニカが起きているのだ。
 どくどくと高くなる自分の鼓動の音がひどく耳障りだった。どうしてか分からない。
 嫌な予感に突き動かされながら玄関の扉を叩くと、ロヴェリーが顔を出した。彼女は薬や治療道具の入った鞄も持たず、礼拝用の法衣を着たままやって来たアヒムに驚いたが、すぐに破顔して中へ迎え入れてくれた。
「もしかして、アリーセからキルルのことを聞いたのかい? 信じられなかっただろうけど本当だよ、ずいぶん顔色がよくなって……」
 アヒムは嬉しそうに語るロヴェリーの脇をすり抜け寝室に踏み込む。そこにいたのは、枕に身体を預けながらも自分の力でしっかりと身体を支え、寝台の上に座っているキルルだった。
 ぼんやりしていた彼女だったが、アヒムに気づくと少しだけ目を瞠った。そして、自分を凝視してくる幼馴染みに苦笑いしながらふと視線を逸らす。
「キルル……よかった、元気になって……」
「うん……」
 その横顔はアヒムから逃げながらも、何か言いたげだった。けれど告白するには今ひとつ心が定まらないらしい。アヒムはしばらく待ったが、キルルはついぞ、言葉にしかけたものを口にしなかった。
「あんまりじっと見ないで。吹き出物のあとが残ってるの。これ、痕になっちゃうかしら……」
 キルルはそう言って頬をさする。破れて体液がにじみ出ていた腫れものはすっかり乾き、今朝のルトガーと同じような状態になっていた――炎症が治まっている。
「あまり触らないようにして。すぐに薬を持ってこよう。それをつけておけば、多分大丈夫」
 アヒムにはキルルが隠した言葉を引きずり出すことが出来ず、彼女が求める顔をするしかなかった。

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