天槍のユニカ



レセプション(3)

 エイルリヒは嘲笑と一緒に帳面を叩いた。その事件についてまとめられた頁である。実際には決して笑えない、数百人が一夜にして炭と化した悲惨な事件だったのだが。
「『天槍』の謂われがそんなものだとして、もう一つの力はどう思う?」
「がせ≠ナす」
 ディルクは軽く目を瞠って顔を上げた。貴族の子弟を絵に描いたような弟は、いったいどこでそういう卑俗な言葉を覚えてくるのだろうと疑問に思う。
「人の、それも若い娘の生き血になら、それくらいの力はあるのかも知れませんよ? 少し試してみたい気がします」
「やめておけ。今上の陛下と同じ諡を付けられるぞ」
「吸血王?」
「噂だけどな」
 賢君と名高い当代のシヴィロ国王。その唯一の汚点は恐らく後世にも語り継がれるだろう。それは果たして、ただの噂に過ぎないのか。それとも彼の名誉を唯一汚す事実なのか。まだディルクは確かめられていない。
「諡が歴史書に書き加えられるのもそう遠い先のことではないでしょう。もう全盛期は過ぎておいでです」
 もそもそと身じろぎしながら座り直し、ディルクは少し低いところにあるエイルリヒの顔を見下ろした。
「お前も、そういうのはやめておけよ」
「そういうのとは?」
「王の治世が近々終わるなんて発言」
「兄上さえ黙っていてくだされば済む話です」
「それは、今はそうだが」
 エイルリヒがつんと顔をそらすので、ディルクはやれやれと肩をすくめてから窓枠に肘をついた。
「陛下へのご挨拶の口上を忘れないように、今からしっかり復習(さら)っておいて下さい。それから──」
 憂鬱そうなディルクの様子を覗うと、エイルリヒは兄の肩に手を置いた。そしてまだ子供らしい高い声音でその耳許に囁きかける。

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