天槍のユニカ



ある少女の懺悔−魔風−(10)

 思いのすれ違いはあっても、やはりキルルは大切な家族で可愛い妹だった。こうして震える背中を撫でていると思う。
 母や――ユニカと同じ、失いたくはない人だ。
「いや」
 ところが、キルルからは再び拒絶が返ってきた。アヒムは思わず手を止める。
「だって、もし、もしアヒムに病気がうつったら、アヒムが死んじゃったら、あたし……!」
 キルルの声はそこで途切れた。ぜいぜいと肩を揺らして必死に空気を吸い込む。
「落ち着いて。大丈夫、ちゃんと聞こえているから」
 大きく上下する背筋をさすりながら彼女の顔へ耳を寄せると、キルルはむせびながら言葉を絞り出した。
「ユニカにあんなことまでさせてアヒムを助けたのに、アヒムをすごく傷つけたのに、ぜんぶ意味がなくなってしまうわ……!」
 その叫びはアヒムの耳に刺さる。咄嗟のことに返す言葉が見つからなかった。
 絶句する彼の様子を片方の目で確かめたあと、キルルの瞼は力なく閉じられてしまった。
「キルル……っ」
 彼女が意識を失ったのかと思い、アヒムは慌てて、しかしなるだけ静かにキルルの肩を揺すった。すると涙の膜を張った大きな黒目に、再びアヒムの姿が映る。
「アヒムの一番大事な女の子になれなくてもよかった。アヒムが生きていてくれるならそれでよかったの……!」
 キルルはそれ以上の言葉を紡げなかった。アヒムは堰を切って泣き出す彼女の背に添えていた手を放し、枕の縁を握りしめる手にそっと重ねた。
「ごめん。私が赦してあげなければ、君がずっと苦しむことは分かっていたんだ。分かっていたんだけど……ごめんね……」
 どんなことも、誰のことも懐に抱え込むのには勇気がいる。自分が放った言葉を曲げる勇気が。
 でも、こうして涙を流すキルルのことが大切で愛しいと思うのなら……
「あの時は、辛い決断をしてくれてありがとう。私が生きているのは、君と、ユニカのおかげだよ。ありがとうって、言っていなかったよね。ごめんね、ありがとう、キルル」
 こんなに苦い思いをして言う言葉に、本当にキルルを解放する力があるのかは分からなかった。

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