天槍のユニカ



ある少女の懺悔−魔風−(9)

「いいや。むやみに手を触れないで、すぐにあんたを呼ぶようにって言ってたから……」
「よかった。覚えていてくださってありがとうございます。ではお願いがあります。私の家に戻って今から言うものを持って来てください」
 アヒムはキルルの背をさすりながら、火酒や布、用意してあった薬、替えの衣類をロヴェリーに注文した。
 そして彼女が出て行くと、跳ね除けられた毛布をそっとのけて寝台に腰掛けた。
「キルル、仰向けになれるかい? 少し身体の様子を見せて欲しいんだ」
「い、いや……」
「気をつけて触るからうつらないよ、大丈夫」
「……」
 押し黙るキルルの心をほぐそうと、上下する背中をゆっくり、辛抱強く撫でながらアヒムは待った。
 高熱のあとに発疹。分かっているのはそれだけだが、今し方見た発疹の様子からするとまだただれて出血するほど腫れてはいないようだった。
 だとすると、今が発現期。症状が激化していく一歩手前のはずだ。
 症状が激化する期間というのは、同時に病を広めやすい時期でもある。
 キルルのためにも、次の罹患者を出さないためにも、ここで症状を抑えなければ。
 焦る気持ちはあったが、アヒムはそれを堪えてキルルの返事を待った。
「小さい頃に、こうやってキルルを見ていてあげたことがあったね。君は普段は元気だから、風邪を引かれると私は気が気じゃなかったよ。私にはまだ何も出来なかったし……母上が亡くなった時のことを思い出して怖かった」
 しかし、ただ黙っているだけでは胸を焦がす不安に耐えきれなくなりそうだった。
 それは覚えのある感覚。何も分からず、何も出来ず、苦痛に満ちたあえぎが細っていくのを泣きながら見ていることしか出来なかった、幼い頃の記憶。
 アヒムが外の世界へ飛び出してまで医学を学ぼうと思ったのは、再びあの恐怖の日々を味わいたくなかったからだ。誰かを助けたいのも、知識と経験を追い求めて限りなく努力するのも、ぜんぶ自分のため。
 何も出来ないことは怖い。
 それがすべての原動力であることを、アヒムは自分自身に認めている。
「ね、だから、手当をさせてくれないかい、キルル。私はこんな時のために勉強してきたんだ。苦しんでいる人が目の前にいたら助けてあげられるように。そして私自身が悔やまなくてすむように」

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