天槍のユニカ



ある少女の懺悔−魔風−(6)

 だからほかの村人に不安を与えるようなことはしない方がいい。ロヴェリーはそう言わんとしているのだろう。
「分かりました。ユニカ、ごめんね。ちょっと用事が出来てしまったんだ。村長さんのおうちに行こう」
 ユニカは見るからに落胆した。それでも大人しく出かける用意をしてくれたユニカを連れて家を出、村長の夫人に預けてからも、アヒムはあえてロヴェリーの行き先を尋ねなかった。
 時々出くわす村人ともいつも通りの挨拶を交わして歩き、やがて村を貫くグローツ街道が見えるところまでやってくる。
 ロヴェリーはようやく人目を気にして周囲を窺い始め、滑り込むように一軒の小さな家に入った。
「みんなで織機と経糸(たていと)の用意をしようって、誘いに来たんだよ。そうしたら……」
 声を顰めながらまっすぐに、ロヴェリーは奥の寝室に向かった。そして、寝台の上で獣が丸くなるように横たわる彼女≠ェ被っている毛布をそっとめくった。
「キルル……」
 枕に顔を埋め、彼女はふうふうと荒い息をしていた。
 頬が真っ赤だ。こうして見下ろしているだけでも高熱があるのだと分かる。
 あの病? まさか。
 覚悟はしていたはずなのに、アヒムは目の奥からすうっと血の気が引いていくのを感じた。
 寝台の傍に膝をついたのは単純に身体の力が抜けてしまったからだった。そして熱を計ろうと思いつきキルルに手を伸ばせば、乱れた髪の合間から鋭く睨みつけられた。
「触っちゃだめ。アヒムにうつっちゃ絶対だめだもの」
 ひときわ大きく肩を揺すって息を吸い、キルルは絞り出すような声でそう言う。
 苦しげに歪んだ彼女の目許には、ぽつりと赤い腫れものが出来ていた。
 ――発疹。それでは、やはり。
 二度目の衝撃はなかった。代わりに、血の気が引いて冷えた頭の中が再び熱くなってくる。
 キルルから向けられる拒絶の視線を受け止めながら、アヒムは汗で貼り付いた栗色の髪をよけて上気した彼女の頬に手を添えた。
 湯に入ったカップを撫でているのかと思うほど熱かった。掌にじわりとにじむ汗の感触。アヒムをじっと睨むキルルだが、きっと意識はもうろうとしているはずだ。

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