天槍のユニカ



ある少女の懺悔−火種−(12)

 十日あまりの遅れがひどくもどかしい。しかし感情的になってはならないと、アヒムはまず深く息をつく。
「あなたはジルダン領邦から?」
「いえ、春先からこちらはビーレ領邦の北部を中心に回っていました。ちょうどペシラへ帰還した時にこの文が……急ぎたいとのことでしたのですぐに発てる用意のあった私が参りました」
「そうですか。では明日まではゆっくりお休みください。その間にお返事を用意しますので」
「お願いいたします」
 伝師は慇懃にこうべを垂れ、今日も食卓の隅で針仕事に励んでいるユニカとロヴェリーに目をやる。
 人見知りのユニカは初めて顔を見た伝師を警戒しつつも気になるようで、視線を感じたのか針を進めながらきゅっと肩をすぼめる。
 小さくなった娘に苦笑しながら、アヒムはそっと書簡を丸め直した。ユニカのいるところではこれ以上話せない。きっと怖がらせてしまう。
「導師のご息女ですか」
 伝師はにこやかに尋ねてきたが、少々怪訝に思っているのはすぐに分かった。
 ユニカはもう十の齢を数えた。三十手前のアヒムの娘にしてはちょっと大きいと思ったのだろう。
「ええ。ちょうど私が帰郷した頃に親を亡くした子でして。私も父を亡くしたところでしたので、きっと家族になる縁があったのだろうと思い引き取ったのです」
 そうかそうかと頷く伝師は、ユニカのことを知らないようだった。アヒムはそのことに安堵してしまう自分を後ろめたく思いながら、伝師に席を立つよう促した。病の報せを受けたペシラの様子も聞きたいと言って食堂を出る。
 二人で書斎へ入り、改めて書簡を開くと、事態はすでに楽観視できないところまで進んでいると認めるしかなかった。
 ジルダン領邦沿岸部の死者数、罹患者数、計数不能。東部の主要な都市のいくつかがすでに同じ状態である。
 「数えられない」。これでは治療どころではあるまい。現地の教会もこの書簡を発たせてからのち、どれだけ機能出来ているか。
 しかも、確認できる限りの罹患者数を付箋に記し地図上に並べてみると、病の足取りは顕著だった。

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