天槍のユニカ



ある少女の懺悔−火種−(10)

 ブレイ村より遙かに人口の多い王都アマリアで種々の疫病に対応してきたアヒムの知識は医師∴ネ上のものだった。
 少なくとも、ブレイ村はアヒムが身に着けた知識と経験を活かせる場所ではない。彼はそれを不幸とは思っていないが、エリーアスは、やはりもったいないなと思った。
「俺もほかの導師達に情報収集を呼びかけなら回るよ。お前も思いつく限りのことを書けばいいだろ。エメルト伯爵のところにすぐ届けてやる」
「ありがとう、エリー。君が発つまでに太守様とブルーノ導師への返信は用意しておくよ」
「あ、ちょっと待った」
 早速書斎へ戻ろうとしたアヒムを呼び止め、エリーアスは目の前にあった薬草の山をどけた。
「仕事はまけてあげないよ」
「うっ、違ぇよ。いや、ちょっとまけてもらいたいけど……明日、ユニカと出かけてくる」
「どうして?」
 アヒムは乾いた薬草を一本手に取り、それをエリーアスの鼻先でくるくると回しながら胡乱げに眉を顰める。
「いや、なんとなく鬱屈してるように見えるから……村の外で遊ばせてやるのがいいのかなと……」
 すると、エリーアスは申し訳なさそうに肩をすぼめながらそう言った。
 アヒムは目を瞠り、溜め息とともに静かに薬草を置く。
「そうか……」
「別にお前のことを責めてるわけじゃないぞ。キルルのしたことは間違ってるし、ユニカだっていずれは自分の身体が普通と違うことに気づいただろ……その前に、お前はちゃんと向き合ったよ」
「でも、何か間違っている気はするんだ。何が間違っているのかは分からないけど……」
 その証拠に、ユニカは己のことを知っても取り乱すことなくずっといい子≠セ。どんなにか不安で、苦しいだろうに。
 ユニカのすべてを受け止めるつもりで話したのに、ユニカは再び見えない殻で自分を覆ってしまった。そう感じる。
 ナイフで深く刺され、一夜にして塞がったために縫い糸がとれなくなってしまった傷痕を服の上から押さえ、アヒムは自嘲を浮かべた。

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