昔語りの門(2)
彼もディルクと同じ未来の王だ。理由なく無礼な態度をとることは許されない。
そして立ち去るトルイユの使者にディルクは一瞥もくれず先へ進もうとしたが、立ち止まったおかげで再び足に根っこが生えてしまったらしいユニカに手を引っ張られることになった。
しっかりと握り返してくれている証拠だ。
半歩後ろのユニカを振り返り、重なった自分達の手を見下ろすとよい気分である。
しかしその手の先にいるユニカはきゅっと下唇を噛み締めたまま、ディルクが促しても動いてくれなかった。
「まだ怖いか?」
「……さっきの方は、いつまでアマリアに滞在なさるのですか?」
「もう十日もいないよ。心配しなくても君に近付けさせたりしない。俺が嫌だからな」
ディルクが肩をすくめながら答えると、ユニカの頬は分かりやすく緩んだ。和らいだというにはほど遠いが、見るからにほっとしたのが分かった。
気の緩んだ彼女の頬に思わず手をのべそうになり、しかしディルクは手を持ち上げるより先に、動こうとした己の指を軽く握り込んだ。
いけない、いけない。ディルクから触れることはもうしないという約束だった。
手は引かせてくれたが、それはユニカにとっても必要だったからだ。その先はまた別の許しがいる。
触れたいものが目の前にあるのに触れられないというのは、存外忍耐のいるものだな。
自分から言い出した手前もうしばらくこの約束に耐えなくてはならないが、きっと許される望みがないわけではないと思う。掌ひとつだけでも、ダンスの一曲だけでも、ユニカは譲ってくれたのだから。
その大切にしてディルクに唯一許されたユニカの一部を握る手に力をこめ、「行こう」と囁く。
するとようやくユニカの足が一歩動いた。
その動作を確かめるついでに、こちらに背を向けて去ってゆくトルイユの使者をちらりと見遣る。
さて、彼は餌を見つけた。いつでも、そして好きなところから狙ってくるがいい。
しかし食いつかせてやるつもりはなかった。
新しいトルイユの王冠など、すぐに玉座から蹴落としてくれる。
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