天槍のユニカ



昔語りの門(1)

第5話 昔語りの門

「これは奇遇です、王太子殿下」
 聖堂の中へ入った途端、思いもかけない方向から陽気な声がかかった。彼の出現は予期していたが、まさかこうも分かりやすく待ち伏せされているとは。
 ユニカの手を引いていたディルクは立ち止まり、礼拝席の合間から歩いてくる青年を見つめ返した。
「アレシュ殿。こちらで何を?」
 お付きの騎士を従え現れたのは、トルイユの外交大使・アレシュだ。彼はこの邂逅をあまり歓迎していないディルクの表情を気に留めず、叩頭してにこやかに笑った。
「もうじき帰国の途につくことになりますので、その前にもう一度歴史ある聖堂を見ておきたいと思いまして……。シヴィロ王国の教会建築はどこも荘厳で見事ですね。特にこの大聖堂の女神たちのお姿は衣の手触りが分かるような精緻さです。気高く美しい。見られてよかった」
 感嘆を言葉にして述べるアレシュの視線がふとディルクの左へ逸れ、ユニカに向けられたのが分かった。うっそりと細められる榛色の瞳。
 ユニカは今し方の恐怖とは別の戸惑いを浮かべ、うろうろと目をさ迷わせてアレシュの分かりやすい視線から逃げようとしている。彼女が自ら警戒してくれるに越したことはない。
 ディルクは内心鼻で嗤いながら、さりげなく一歩進み出てアレシュの視界からユニカを消した。
「それは結構でした。しかし、同じ神々を崇めているとはいっても貴国の国教の教義と我々の国教の教義は違います。ともに祈れる間柄ではありません。恐れ入りますが、見物が済んだのならお引き取りいただきたい」
 敵意はにじみ出ないよう、ディルクはあくまでにこやかに告げた。
 アレシュの後ろに立つ騎士はあからさまに眉を顰め口を開きかけたが、アレシュ当人が手を挙げて騎士が無礼を働くのを制した。
「殿下がかように信心深いお方とは存じあげませんでした。確かに、この世界に恵みをもたらし賜う女神達を崇める我らの教義と、天の主神が説き賜う正義を重んじる貴国の教義とでは、相容れないものがありますね。残念ですが、これでおいとますることにいたします」
 現れた時と同じようにうやうやしくこうべを垂れるアレシュに、ディルクも同じ礼を返す。

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