天槍のユニカ



かえれないひと(18)

 『王の道』に面した門前広場は見世棚で賑わい、庶民はもちろん僧や尼も行き来している。
 そんな風景を横切り、ユニカ達を載せた馬車は大聖堂の脇の車停めに回った。
 貴族の先客がいたらしく、二台の馬車とその護衛と思しき騎士達が先につっかえていた。
 案内の僧侶が少し待つようにと伝えに来たので、ユニカは混み合っているのだなぁとしか思わなかったが、エリュゼは不満そうだった。来ることを伝えてあったのに、と外の様子を窺いながらぶつぶつ漏らしている。
 ともあれ無事に馬車を降り、ユニカ達を待っていたヘルミーネ、カイ、それからディルクに合流し聖堂へ向かう。
 先端が陽射しに陰って見えないほどの高い尖塔はなんともいえない威圧感を持っていたが、薄暗く、蜜蝋と香木の匂いに満ちた聖堂の中にも重々しい空気が漂っていた。
 遠くに見える祭壇で揺らめくいくつもの灯火、柱や梁を飾る彫刻の生み出す影。
 憶えがある。幼い頃、この触れがたくも神聖な空気は、とても身近なところにあった。
 ユニカは扉をくぐるところで思わず立ち止まった。いや、立ち止まったつもりはなかったが、脚が突然動かなくなったのだ。
「ユニカ様?」
 隣を歩いていたエリュゼが不思議そうにこちらを見てきた。けれど、ユニカはそれどころではなかった。
 懐かしい香木の匂い。祭壇の炎と小さな天窓から差し込む光だけが頼りの神々の家。
 だめだ、と思った。
 入れない、これ以上は進めない。
 舌の裏から湧き出てきた唾液を飲み込み、それでもなんとか脚を動かそうと考えてみる。
 でも、だめだった。
 教会堂へ入るのは、アマリアへ来てから初めてのことだ。だからこんなにもだめなのだ≠ニは、自分でも気づかなかった。
 何がだめ≠ネのかは説明できない。ただ脚が震える。何かに対する恐怖が腹の底から噴き上がってくる。
「参りませんと。導主様がお待ちでいらっしゃいます」
 気遣わしげではあるものの、エリュゼが困ったように眉尻を下げていた。その表情を透かして、不意に別の祭壇が見えた気がした。

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