天槍のユニカ



家名(7)

「お菓子は?」
「いえ、お食事を十分いただきましたから」
「そう……では明日の朝食に食べてみてください。薔薇のジャムは我が家の西庭園の花を摘んでばあやが作ったんです。とっても美味しいから」
「はい」
 カイの冷ややかな態度にも戸惑うが、アルフレートの好意に溢れた眼差しにも辟易してしまう。ところがアルフレートはたじろぐユニカの様子すら珍しがって楽しんでいるようだった。
 彼は早速エリュゼがいなくなって空いたユニカの隣の椅子にちょこんと座る。そして自分の運んできた葡萄酒をユニカが飲んでくれるのを待っている。
 仕方なく葡萄酒を一口啜れば、アルフレートはにっこりと笑った。
「ところで公女殿下、テナ侯爵がどちらにいらっしゃるかご存じありませんか?」
「あら、クリスなら仲間のところにお酒を差し入れしてくるって言ってたけど。何か用?」
「はい。僕、騎士の話を聞きたくて。王太子殿下も探していらっしゃっるし」
「ディルクが?」
 レオノーレが口にした名にはっとなり、ユニカは顔を上げた。
 そして、レオノーレとカイの後ろからやってくる彼に気がつくと、自然と杯の脚を持つ手に力が入った。

     * * *

 蜜蝋に灯された火がぽつぽつと浮かんでいる廊下を歩きながら、エリュゼは小さく鼻をすすった。
 人気のない薄闇にその音はやけに大きく響き、この情けなさをさらに掻き立てる。
 もっとも、いくらそんな気分を表に出そうと誰にも咎められることはない。ないだけに、更に涙をこぼしてしまいそうだった。
 たまらなくなったエリュゼは立ち止まり、唇を噛んで目頭を熱くする感情を抑え込んだ。
 悔しさ、悲しみ、無力感。
 プラネルト伯爵という地位を継いだエリュゼにとっては、宗家のエルツェ公爵家と王家の言葉に従うのが正しい道だ。

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