天槍のユニカ



レセプション(2)

 遠くから馬車を押すかけ声が聞こえる。どうして排雪板のついた馬車をそろえなかったのか、どうしてシヴィロ側は使節団の来訪を分かっていて主要な街道を除雪していないのかと、ディルクは自分の身体を抱くように腕を組んで縮こまり、いらいらしながら考え込んだ。
 眉間に皺を寄せる兄の様子をまじまじと眺め、エイルリヒも彼に倣って座席に沈み込む。
「せいぜい見栄を張ってください。ディルクは、いえ、兄上は、今日からウゼロ大公の長子ではなくシヴィロ国王の養子に、この国の世継ぎになられるのですよ」
「……大出世だな」
「その通りです。兄上が継げる椅子が空いたのは誠に幸運でしたね。ご逝去遊ばしたクヴェン殿下には申し訳ないですが、今上の国王陛下に似ず頭の悪そうな王子様だったので、即位していても時代に見合わぬ平凡な王にしかなれなかったでしょう。小国の連合がしのぎを削る近年、シヴィロ王国もウゼロ公国も、北方の宗主としてより強く結びつき他国を牽引していくべきところでした。クヴェン殿下はそういうところが理解出来ていないようでしたから──」
「まだ十歳そこらの子供に、そういう政治の話が理解できると思うか?」
「僕は、出来ていました」
「ああ、そう」
「そうでなくても陛下はすでに五十五歳。クヴェン殿下が成熟期を迎えられるまで短く見てもあと十五年。恙無く政治を行えたでしょうか? 行えた自信はおありのようですがね」
 凍った雪を踏みしだく馬蹄の音が傍を駆け抜けて行った。少しの間をおいてディルクたちが乗っている馬車も動く。都の入り口、グレディ大教会堂へ向けて再出発である。
 ディルクは軽くカーテンを持ち上げて外の様子を窺った。まるで白い花弁を思わせる平たい雪が再び降り始めていた。空が重い色で、今にも抜けそうな天井のようだ。その灰色の雲が青白く光った。
「雷ですね」
 エイルリヒは姿勢を正し、分厚く立派な装丁の帳面を広げる。
「天の槍。神が悪徳をする者の頭上に下す鉄槌。そんな力を、本当に生身の人間が振るえるものでしょうか。僕は疑っているのですけれど」
「だが、事実、その娘は力を使って自分の故郷を焼いたんだろう」
「区別なく焼き殺して何が『天槍』ですか。それに、娘が一人でやったように見せかけているのかも知れません。村人たちがなんらかの理由で用いた炎が燃え広がって村を焼いてしまった。それを生き残った娘の仕業にしたというお話の方が、よっぽど現実味がありますが」

- 4 -


[しおりをはさむ]