くれ惑い、ゆき迷い(16)
ユニカの居場所はどこにあるのだろう。行きたい場所も行ける場所もない、だのに約束の相手からどこへ行ってもいいと言われてしまったら。
風が吹けばいずこへ飛ばされるとも知れない心許なさ。どうしたらこの不安は消えるのだろう。
「じきに宴が始まります。さあ、お召し替えをなさってください」
エルツェ家の親族の前に引きずり出されるのは嫌だったが、あれこれと考える余裕がないことは、今はありがたい気がした。
ヘルミーネに従う女中達によって新しい肌着を着せられ、今夜のユニカを飾るドレスに袖を通す。
ドレスはまるでサファイアのような鮮やかな青で、裾や袖の縁の純白に向かって繊細なグラデーションがかかった絹が使われている。そして腰回りに散る金の粒が、これでもかというほどに王家の後ろ盾を主張していた。
身につけてみると案外派手だ。橙色の灯火の中ではひどく人目を惹きつけそうな。鏡に映った己の姿を確かめてユニカはむっつりと唇を引き結ぶ。
そこへ運ばれてきたアクセサリーを見るや否や、その顰めっ面は驚きのために解けてしまったが。
「それは……それは嫌です」
思いのほかきっぱりとした拒否の言葉が出てしまった。アクセサリーをユニカに着けようとしていた女中は困惑して手を止める。
離れたところでユニカの身支度を見守っていたヘルミーネも、怪訝そうな顔で歩み寄ってきた。
「これは王太子殿下からユニカ様に贈られたものです。青金は王族にしか許されぬ宝飾ですわ。あなた様がエルツェ家の一員となる経緯を説明するのに、これほどよい装いはありません」
お着けになっていただかねば、と続ける公爵夫人の声を苦々しい思いで聞きながら、ユニカはアクセサリーから目を背けた。
ディルクが街の古着屋でユニカに着けさせたイヤリングは、青金のイヤリングだった。
大きさこそ親指の爪くらいで大人しいものだが、その小ささゆえに、大きさ、色ともにそろった細かなサファイアと濃い紫の水晶で組まれた矢車菊の意匠は素晴らしい精巧さ。
そろいのアクセサリーをエルツェ公爵に預けてあるとディルクが言っていた通り、屋敷へ着いてみれば、同じ矢車菊を象ったネックレスやブレスレット、櫛形の簪までが用意されていた。どれも黄金の金具を使ってあり、赤みを帯びた高純度の金の輝きが青い宝石の間から静かに存在を主張する。説明するまでもなく特別な品。
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