くれ惑い、ゆき迷い(7)
そして、その決着をもたらした戦闘でディルクの主席参謀を務めていた前テナ侯爵――クリスティアンの父は死に、持ち去られた父の遺骸を奪い返すためにディルクは更なる追撃戦を仕掛けた。
トルイユを撃退した時点で兵を退かせていれば、大公につけいられることなく、あの戦のすべての手柄はディルクのものになっただろう。彼が愛してくれた父や仲間を喪うことになったとしても、公国の血液たる黄金の源を奪い返した功績は何よりも大きい。せめてその功績さえディルクの手に残れば……。
しかし養父を殺されたディルクは自制出来なかった。激情家のレオノーレも当時は彼の配下におり、大公の係累である二人がそろって追撃を叫べば兵は動いてしまう。
あの時、父の死に動揺し、二人を止めきれなかったことをクリスティアンが悔いなかった日はない。
ディルクは不要な追撃で少なくない兵力を損失した責任を問われ――そんなもの、戦勝の功績の前では微罪とされてもおかしくはなかったが――結局はあの激戦で命を散らした将達と養父の死の責任をすべて負わされて、失脚した。
どこまでが大公の思惑通りだったのかは分からないが、彼は何一つ不自然な手を打つことなく敵国を追い払い、ディルクから様々なものを奪い取った。そしてそれだけでは飽き足らず、お前の過ちでテナ侯爵をはじめとする有能な将達が命を落としたのだと責めた。
彼らの死を誰より嘆いていたディルクにとって、それは焼けた鋼で傷を抉られるような苦しみだっただろう。
やるせないのは、大公がここまでディルクを疎んじ、ひと息にとどめを刺すような真似をした原因がディルク自身にはないということだ。
大公が真に憎んでいるのはディルクではない。もちろん、己の血を引かないディルクではなく実子のエイルリヒに後を継がせたいと考えているならば、長子≠ニ認められたディルクは邪魔だろうが……大公がディルクを追い落とした本当の理由は、公妃が憎いからだ。
大公家に嫁ぎながら、傍付きの騎士と不貞を働き子を産んだ王女。その事実はウゼロ公国の歴史には残らなくても、いや、残らないからこそ、その裏切りを糾弾出来なかった大公家は屈辱を味わった。
しかし現シヴィロ国王の妹を公国で蔑ろにするわけにはいかず、その結果、大公の怒りの矛先は我が子≠ニ認めさせられたディルクに向いた。
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