天槍のユニカ



くれ惑い、ゆき迷い(6)

 彼の立つ位置では、店内にいるユニカからその姿は見えない。けれどディルクからは見える。実際、窓の外へ顔を向けたディルクはクリスティアンとはっきり視線を絡ませた。
 硝子は彼の表情をぼやけさせていたが、クリスティアンにはその目に溢れかける憎悪と悲しみが見えるようだった。
 ユニカとの会話までは聞こえない。でも、ディルクがそんな目をするのは父のことを思い出しているからだ。
 ユニカに話すのだろうか。バルタスでの出来事を。誰かに話せるくらい、ディルクの気持ちは癒えたのだろうか。
 そんな期待も虚しく、硝子越しのいびつなディルクの表情はいつものそつのないものに戻ってしまう。なんでも隠してしまえる、嘘も本音も入り交じった掴みどころのない表情に。
 ――そう上手くはいかないか。
 クリスティアンは食堂の壁に背中をもたせかけゆっくりと瞬きながら、春を迎えようとするシヴィロ王国の冬空にウゼロ公国の乾いた夏空を思い描いた。
 バルタス鉱山の奪還戦は、ディルクが総指揮をとった最初で最後の戦だ。
 ディルクはまだ十九の若将だったが、大公の息子という身分には違いない。彼が重要な戦の指揮官に選ばれることに不自然さはなかったし、父をはじめ名だたる将校が彼の補佐につき、また後援には大公の従姉、グリーエネラ女公爵が大軍を率いて駆けつける予定だった。
 一見すれば十分な兵力と権限を与えられた有利な戦だ。しかし他方面の守備を担当するグリーエネラ女公爵をディルクの後援につけた大公の思惑は、分かりやすかった。
 彼女がバルタスに割くことを許された兵力はディルクの軍よりも大きい。女公爵が戦に噛んだが最後、大公は何らかの形で戦果のすべてを女公爵の手柄とし、ディルクには何も与えないつもりだったのだ。
 幸か不幸か、大公のその思惑をよしとしない将達がディルクの許にはそろっていた。ディルクの後援を命じられた女公爵もまた、ディルクに同情的だった。
 ゆえに彼女は後詰めとしてトルイユの牽制に徹し、ぎりぎりまでディルクとの合流を避ける作戦をとった。それでも十分に勝利出来る力がディルクや彼の軍にあると信じてだ。
 結果、ディルクは女公爵の援軍に頼ることなくトルイユの軍を退け、公国の財産と鉱夫達の身柄を取り戻した。

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