くれ惑い、ゆき迷い(3)
「そうだったのですか……」
ディルクは死にかけるような怪我をしたこともあると言っていたし、実際に干戈を交えたことのある敵に、そして目の前で自分の大切な人の命を奪っていった国に対してわだかまる気持ちがあるのは当然だ。
気の毒に、と思ったが、ディルクがスープを口に運ぶ様子を上目遣いに確かめながらふと疑問を感じた。
いったい今の話の何がユニカに乱暴な真似をしたことの言い訳になっているのだろう。
ついディルクを見つめる視線が険しくなり、彼もその気配に気がついたようだ。ふた匙めのスープをすくっていた彼は手を止めた。
「つまり殿下は、トルイユという国のことがお嫌いで、アレシュ様のこともあまりお好きにはなれないということなのですね」
「――簡単に言えばそうなる。陛下がトルイユとの外交に重きを置いている以上、俺がそれと反対のことを言うわけにはいかないし、」
だからここで言った。というわけか。
ディルクはきょとんとしたまま言葉を切り、眉間のしわを深くするユニカを見つめてきた。そのとぼけた表情はわざとなのか、本当に分かっていないのかは判別出来ない。
しかし、
「では、殿下は気に入らない相手に気に入りのおもちゃを盗られたから怒った、ということですね。それで、私を、」
その先の事態を説明する言葉が思い浮かばず、ユニカは黙る。途端に怒りと羞恥で顔が熱くなってくる。
どうして相手の謝罪を聞くはずだったのに私がこんな気持ちにならねばならないのだろう。
だいたい、そんな言い訳が通用すると思っているのだろうか。そりゃ、ディルクはこの国にとって唯一無二の世継ぎと定まった身分であるし、望んで手に入れられないものはないかも知れない。けれども心も意志もある相手に、自分の思いだけであんな真似をしても許されるのが王族だというなら、シヴィロはもうおしまいだ。
ユニカはそう吐き捨てたいのを堪えてぎゅっと下唇を噛んだ。
「それは――そうじゃない。いや、君にとっては同じことかも知れないが……。アレシュ殿には、俺と同じことが出来る。だから君には近づけたくなかった」
「同じこと?」
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