くれ惑い、ゆき迷い(2)
かり、と、テーブルに爪を立てる音が響いた。
「俺にとって、彼らは仲間や養父(ちち)の仇でしかない」
「かた、き……?」
ディルクはユニカが問いかけてきたことにも気づいていないかのように己の爪の先を見つめる。ユニカを追いつめ奪おうとした時とはまた違う恐ろしい目で――ひたすら空虚な冷たい目で、爪先が引っかかったテーブルの小さな傷を、じっと。
しかし彼は不意にその手を握りしめた。そして顔を上げちらりと窓の外を見る。
ディルクは分厚い硝子の向こうに歪んで見える街並みを一瞥し、窓辺の一輪挿しに活けてあった某(なにがし)かの小さな葉っぱを摘む。ハーブだろうか。花はないが生き生きしている。
その健気な緑にもまた、彼は爪を立てる。
「ウゼロ公国は、もう長いこと国境沿いの金鉱をめぐってトルイユと戦争を続けているんだ。知らなかっただろう。シヴィロ王国にとっては特に仲も悪くない隣人だもの」
ディルクの指先でくしゃりと潰された葉。やっぱり何かのハーブらしい。すっと鼻を抜けるような香気が漂ってきた。
ユニカはそれを横目に見ながら息を止めていた。ディルクのその仕草にはっきりとした憎しみを見つけたからだ。
もっとも、彼はそれを隠そうとしていない。溢れ出さないように抑えてはいても。
「戦で……殿下の大切な方が、どなたか……」
「たくさん死なせてしまったよ。俺も十五になってから年の半分は戦地にいたようなものだし、俺を育ててくれたクリスティアンの一族は武門の家だったからな、一緒に訓練をして、出征して、一緒には帰ってこられなかった者はたくさんいた。ユリウスも――」
「ユリウス……」
どこか遠くにいる憎悪の相手を見つめていたディルクの意識が、ユニカのその問いで瞬時にこちらへ戻ってきた。彼はひしゃげたハーブを解放し、苦笑しながらユニカを見る。
「いつか話した俺の育ての父のことだよ。クリスティアンの実父だ。彼もトルイユとの戦で死んでしまった。戦で騎士が死ぬのは当たり前のことなんだけどな……」
その声色からは、たった今までむき出しになっていた憎しみの色が消えていた。幻であったかのようにあっさりと。
ユニカは返す言葉がなく、料理の上にうろうろと視線をさまよわせる。
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