雨がやむとき(22)
こういうのは久しぶりだった。城で食べる料理は、どんなに急いで運んだところで食事のテーブルと厨房はうんと遠いものだから、人々の口に入る頃には冷めている。だから懐かしかった。ブレイ村で養父と暮らしていた時は、こんな料理が当たり前だった。
それが今は王都で暮らし、王族の身分を与えられて、ここにいる目的すら揺らいで。
舌の上に残るまろやかなチーズの味が途端に鬱陶しくなる。スプーンを置き薄い葡萄酒でその味を流してみるが、代わりに渋さが口の中に残る。
「口に合わなかったか?」
一口めのスープをすくったものの、ユニカの沈鬱な顔を見てディルクは手を止めた。
ユニカが首を振ると、彼は食器を置いてユニカが何かを語るのを待った。
沈黙すると、夕方の混雑に向けて料理を仕込んでいるのか、店の奥からは何かを炒める音、叩く音、料理人達の大きな声が聞こえてきた。そしてほかの客達が頭をつき合わせて話している言葉……絹や葡萄酒の値段のこと、雪解けが早いようだから徒歩で進める――そんな他愛のない会話が。
皆、ユニカにもディルクにもさしたる興味は示していない。
確かに、街へ出なければこんな話は出来なかったかも知れない。ユニカやディルクのことを知る人々の前では、こんな顔をさらけ出せなかった。
「……殿下は、あの時、あれで気が済みましたか」
勇気を振り絞り、ついにユニカは正面からディルクの顔を見据えた。
彼は驚いて目を瞠る。でも、ずっとどう切り出そうか考えていた話題のはずだ。彼の表情からは徐々に驚きが抜け落ち、やがてただ静かになった。
「いいや」
まっすぐに互いの顔を見たのは、見つめ合ったのは、あの夜以来だ。
蜜蝋の灯を映し、刃物のようにぎらついていたのが嘘のよう。ユニカを映す青緑色の瞳は静かで、少し、こうして見つめ合っているのが苦しそうだった。
「後味が悪いだけで、少しも。悪かった。怖い思いをさせた」
そして今日は、ディルクの方が先に目を逸らした。彼は懐から出した扇子をテーブルに置く。
女物の扇子だった。どこかで見たことが――と考えるよりも早く、ユニカの記憶はよみがえった。
あの日、アレシュと踊るために彼に預けて、そのまま返ってこなかった扇子だ。
「アレシュ殿が返しに来た。俺は会わなかったが、君に返して欲しいと」
ディルクが口づけを迫ってきた時、これがあればと思った。でもなかった。それに、こんなものではきっと盾にはならなかった。
だってあの時のディルクは、ユニカが怯えていることにすらいらだっていたから。
「言い訳を聞いて貰えるなら、一つ話したい。今の立場で、絶対に口にしてはいけないことだと思うけど」
でも、ここでなら、誰も聞いていない。
ユニカは無言でディルクを見つめ続けた。自ら差し出した扇子を見ていた彼の視線がのろのろと持ち上がり、再びユニカの姿を凪いだ湖面のような瞳に収めた。
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