雨がやむとき(21)
昼の食事時はとうに過ぎていたし、夕方の食事時にはまだ早かったが、食堂の中は案外と賑やかだった。
上階が宿でもあるから、今日の寝床をここと定めた旅人ふうの人間が席について麦酒(ビール)を片手に話し合っていたり、今日の取り引きを終えた商人らしき男達が頭を寄せ合ってぼそぼそと情報交換をしている。
彼らのなりを見て彼らの身の上や生業を推測したのはディルクだ。ユニカには彼らの何を見てそう判断したのか分からない。
何にせよ空いているテーブルは三つだけだった。その一つに座り、ユニカが傷だらけのテーブルの上を所在なく撫でていると、すぐに店の娘が注文をとりに来た。しかし、ユニカ達がそれぞれ食べ物を持参しているのを見てあからさまに顔を顰める。
「うちでは椅子だけ貸したりしないよ」
「ちゃんと注文するよ。そこのテーブルに出してるのは?」
「卵とベーコンのパイ」
「すぐに出せるならそれを。あと一番高い葡萄酒も」
「高くても下町の酒がお金持ち方のお口に合うかしら」
ディルクがにこやかに受け答えしても娘のしかめっ面は変わらなかった。ちょっとすごい……この娘と同じ年頃のユニカの侍女達なら、きっと嬉しそうに頬を染める。
「ああ、彼女に出す分は少し薄めてやってくれ」
「薄めても値段は同じだからね」
「構わない」
ユニカが感心して見上げているのにも興味を示さず、彼女はふんと鼻を鳴らして厨房へと引っ込んでいった。こんな反応をされたらディルクはどんな顔をするのかと思ったら、さして気にした様子はない。
けれど少しして運ばれてきた料理の皿を見た時には、さすがに彼も呆れた顔をした。注文していないスープと根菜の蒸しものも一緒に出てきたのだ。もしかしなくても押し売りである。
娘は何の説明も言い訳もせず、ディルクの前に葡萄酒の瓶と杯、ユニカの前にはもう薄めてある葡萄酒で満たした杯をそれぞれ置くと、やはり鼻を鳴らして去っていった。
「まあいいか、美味そうだし……」
溜め息交じりのディルクの言葉に、ユニカは黙って頷いた。白いスープからはチーズのいい匂いがする。
もうもうと湯気を立てる器からひと匙すくってすすってみると、やはりびっくりするほど熱い。鍋からすぐに出された料理はこんなに熱いのだ。
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