雨がやむとき(16)
「君を一人で買い物に行かせたら、あっという間になんでも買わされて荷物を抱えきれなくなりそうだな」
そう言いながら肩越しに笑いかけてくるディルクの言葉の意味が、最初は分からなかった。しかし、すぐに世間知らずであることを揶揄されているのだと気づいてユニカは眉根を寄せた。
「街を歩くことなんて、この先ないでしょうから」
「そうかな。君の存在は公になったわけだし、陛下も君が西の宮から出ることを制限していない。好きなように城の外に出かけてみるのもいいんじゃないだろうか。君のための騎士も用意できたしね」
すれ違う人からさりげなくユニカをかばい、ディルクが立ち止まる。二人の頭上にある店の看板から、雪解け水がぽたりと落ちてきた。
冷たいしずくはちょうど繋いだ手の隙間に染みこんできて、ユニカはずっと手を握られていることにようやく気づく。いや、違う。ユニカが握っていたのだ。
「い、いいえ、結構です。用もありません。だから――」
離そうとした手を今度こそ握られ、再び通行人の間隙を見計らって二人は人通りの中に戻る。
手が――今日は乱暴じゃない。馬車から走った時も、古着屋から走った時もだが、力強く握られてはいても乱暴ではなかった。
宴のホールから連れ出された時とは違う。ユニカがついてくることを確かめながら手を引いてくれている。
これはむしろ最初の時と同じだ。
近衛騎士に部屋を荒らされ、王冠の廟に逃げ込んだユニカを探しに来てくれた時と。
話をしたいとディルクは言ったが。
何を言われてもきっと信じられないと思う自分がいるが。
手を引かれて歩けたことが何度もある。そんなことも思い出してしまうと……
「見つけた、あの店だ」
見上げた先にはいくつも看板が並んでいたので、ユニカにはどれがディルクの目当てなのか分からなかった。なのでほとんど人の流れに乗ったまま歩き、するりとその店に引っ張り込まれる。
途端に鼻をついたのは何種類ものハーブと香辛料が混じってつんとする香りだった。
店の入り口のすぐ傍には、ユニカの腕ほどの太さがある腸詰めがぶら下がっている。いや、店内の大部分がぶら下がる腸詰めに占拠されていた。
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