天槍のユニカ



雨がやむとき(13)

 訊きたかったのは、なぜこんなものを用意したのかということだった。
 けれど訊いたところでディルクの口から出てくるのは、耳に心地よい言葉ばかりだろう。本物なのか偽物なのか分からない、優しい言葉。
 唇を噛みながらユニカは耳許から手を離した。
 どうしよう、どうしたらいいのだろう。
 嬉しい。死んだ王妃や、養父や、エリーアスがくれたものと同じ気持ち。
 堅く鎧ってきた心に柔らかく溶けかけた部分があって、そこがどうしても苦しい。苦しいのは嬉しいからで、嬉しいけれど信じられないからだ。
「準備も整ったことだし、行こうか」
 ユニカの顔が強張っていることに気づいても、ディルクは平然とそう言うだけだった。
 そして力なく垂れ下がっていたユニカの手を再び掴み、驚き声を上げそうになった彼女の口を素早く塞ぐ。
「……!?」
 目を瞠るユニカへ唇の動きだけで「静かに」と告げ、ディルクは店の奥にいるルウェルを残してそっと扉を押し開いた。ドアベルさえほとんど揺らさぬように外へ出た途端、ディルクは再びユニカの手を引いて走り出す。
(また……!?)
 もと来た道を戻るのかと思いきや、いくらもしない内に先ほどとは別の小路に入る。
 さっきよりずっとずっと細い道だった。薄暗くて大人二人が並んで歩くのがやっとだ。それも時折転がっているごみや表通りの店の商品を納めてあったと思しき箱に阻まれて、実際はもっと狭い。道といっていいのか怪しいくらいだ。
「あなたの騎士は置いてきていいの……!?」
「いいよ、金は持たせたし、腹が減ってるようだから適当にその辺で飲み食いしてくれるだろう」
「道に迷ったら……っ」
「俺達が? ルウェルが?」
 障害物も多く足許も悪い中、肩越しに振り返るディルクはようやく速度を緩めてくれた。その不敵な笑みからは何の懸念も感じられない。
「いったい、どこまで企んでこんなことを……」
「ルウェルを撒くところまでは考えていたけど……さあこのあとはどうしようかな。とりあえずもう少し離れよう。あいつは俺を見つけるのが上手いんだ」

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