天槍のユニカ



雨がやむとき(12)

 もう片方の耳からも飾りを外される。着けたくて着けているわけではなかったが、取り上げられた意味が分からなかった。目を瞬かせるユニカに構わず、ディルクはそれをコートのポケットにしまってしまった。
 そして懐を探り、またユニカの耳許に手を伸ばしてくる。今度は頭を抱えるように後ろからも腕を回され、必然、二人の間に距離はなくなった。
 目の前にあるのは見慣れない黒いコートだった。あの宴の夜の香りはしない。しまわれていた織物のにおいがするだけだ。しかし髪を掻き上げる指の感触がいやにはっきりしていて、そこに口づけられたことを思い出さずにはいられなかった。
 胸の奥がぎゅうっと縮んで、痛む。
 顔を背けてその指の感触から逃げてしまいたかったが、一拍の躊躇の内に、ディルクはユニカの耳許で何かの留め具を留めた。反対の耳にも――どうやら別のイヤリングのようだ。
 触ってみるが、大きな宝石が耳朶にくっついていることしか分からなかった。
 怪訝そうに己の耳許をまさぐるユニカの顔を覗き込み、ディルクはゆるく口の端を吊り上げる。
「よかった、似合っている。外套の色には合わないけどな」
「なんですか、これは……」
「生まれ月のお祝いだよ。一月が終わる前に渡せてよかった。そろいのほかのアクセサリーはエルツェ公爵に預けてある。屋敷についたら見てみてくれ」
 生まれ月の、おいわい。
 久しく耳にしていなかった言葉をすんなりと理解できない。ユニカは指先に宝石の質感を感じるまま、呆然としながら目を瞬かせた。
 ああ、そうか。あまりに忙しくて自分でも忘れていたが、今は一月だ。ユニカが生まれた春の始まりの月。
 王妃が生きていた頃は彼女が祝ってくれていたが、昨年はそれもなかった。エリーアスはそういう祝いごとにこだわらないので、いつも二月か三月になって「そういえば」と言いながら手土産を持って遊びに来るか、手紙を寄越す。今年は彼も都にいるが、やっぱり年の初めは忙しくて忘れているのだろう。
 このまま誰も思い出さなければ、何ごともなく月が変わってしまうところを――。
「どうして……」
「君は一月生まれだとエルツェ公爵に聞いて」
「そうではなくて……」

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