雨がやむとき(11)
「――上着など選んで何をするつもりなのですか」
ユニカはディルクの持つ外套を押し返した。そもそも外套などいらない、馬車に戻り、エルツェ家の屋敷を予定通りに目指せばいいだけなのだ。
目でそう訴えたつもりだったが、ディルクは押し戻された外套を素直に引っ込めてルウェルに持たせ、次の一着を差し出してきた。ものを替えればいいとは言っていないのに。
けれど、そのとぼけた反応はきっとわざとだ。
「言っただろう、話がしたいと」
ふと低くなったディルクの声に、ユニカは次の言葉を見つけられない。
「それに、まだ何度か視察に降りただけでアマリアの街をじっくり歩いたことがないんだ。君も昼間に外へ出るのは久しぶりだろう。気晴らしになるんじゃないかと思って。……いいな、これにしよう。たまには君がこういう色を着るのもいい」
しかし瞬き一つあとには普段と変わらない笑みを浮かべて、彼は濃い臙脂色の外套をユニカの肩にかけた。そして戸惑う当人に構わず首元の紐を結んでしまう。
「じゃー決まり。次は飯だ!」
「その前に金を」
「はいはい」
ディルクが投げた金貨を受け取り、ルウェルは奥にいる店主の許へ向かった。
三人分の衣装を合わせたって、ディルクが投げた大金貨一枚の値段にはとうてい及びそうにもないが、恐らく口止め料を含んでいる。状況の端々から感じる計画性にユニカはますます不安になるしかなかった。
街を歩いたって気晴らしになどなるわけがない。寒いし、何よりディルクが一緒では……間に入ってくれそうなエリュゼともレオノーレとも離れてしまっていてはどうあっても彼と向き合うしかない。
顔を顰めてうつむくユニカだったが、ふとディルクの指が髪と首筋の間に入り込んできたことに気づいて肩を跳ね上げた。間近にあった彼の頬に笑みはなく、あの夜を思い出したユニカの脚が逃げようとする。
けれど彼女が一歩後退るより早く、ディルクはユニカの耳から銀とエメラルドで出来たイヤリングを外していた。
「何を……」
「少しじっとして」
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