雨がやむとき(10)
ディルクは素直にその話題に乗った。でも、それはいっときのこと。彼について行く限りまた蒸し返される。
しかし一人で馬車へ戻れるはずもなく、ユニカは不満そうに彼らのあとをついて行った。
金糸銀糸の刺繍で飾られた上着を脱いできたとはいえ、仕立てのよいドレスを着たユニカや騎士の礼装をしているディルクとルウェルの格好は悪目立ちするようだった。
見るからに貴族だと分かるのだろう。けれどお付きの者も従えずにこんな下町を歩いていれば、おかしな目で見られるのは当たり前だ。
ゆえにそこに紛れ込める衣装を用意するのも、もともと彼らの計画に入っていたことらしい。
ユニカの歩調に合わせて隣を歩くディルクは、先ほどのように手を引こうとはしてこなかった。どころかこれまでより半歩遠いところを歩いている。その微妙な遠慮が、寒さも相まってなぜか気に障る。
「ここだ」
彼らは一軒の古着屋の前で立ち止まった。ディルクは店の中に客がいないことを確かめると、中へ入るようユニカに促してくる。
外よりかはいくぶん暖かい店の中へ入ると、奥で店主と思しき初老の男がにこやかに立ち上がった。
ここにもあらかじめ話を通してあったようだ。その証拠に、店の一角に外套を集めて吊してある。どれも裕福な商家の者が着るようなほどほどの品だ。
「俺はコレでいーや」
ルウェルはさして選びもせず、一番手近なところにあった男物のコートを羽織る。ディルクも吊してある中から何着かを見て、すぐに襟元や袖口にわずかばかりの刺繍がある黒いコートを選んでいた。
「ユニカも好きなものを選ぶといい。でもなるべく地味なのを。そうだな……」
そしてユニカの衣装をさりげなく確かめ、女物の外套が集めてある中から数着を取り出してきた。
「これはどうかな」
「顔色が悪く見える」
「じゃあこっちか……地味すぎるか」
「というより性格が暗そうに見えるぜ」
勝手に品定めをされるばかりか、ディルクの後ろからあくびを噛み殺しながら述べられる適当な意見はさすがに気に障った。そんなことは言われなくても分かっている。
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