雨がやむとき(9)
突然小路から飛び出してきた三人を、近くの店の軒先からじろじろと睨む老婆がいた。目が合ってしまい、慌てて顔を逸らす。すると目の前をものすごい速さで走って行く馬車がいて、跳ね上げられた雪水を危うく被るところだった。
その飛沫が舞う向こうには、先ほどの通りとはまた違う街並みがあった。
――街。アマリアの街だ。あたたかい薄紅色の煉瓦で築かれたシヴィロ王国の都。
通りの向かい、そしてユニカ達が立っている並びには多くの店が棚を開けていた。雑貨品や服飾品の商店が並ぶ通りのようだ。
エルツェ家の屋敷を目指していたはずなのに、なぜこんなところに立っているのだろう。
「すまない、驚かせたな」
強張り、呆然としたままの顔で声の主を見上げると、今度は彼の方から目を逸らした。
「話がしたかったんだ。こうでもしないとお互いに緊張が解けない。……城には、どこにいても人目があるし」
雨が上がり、雪解けのしずくもきらきらと輝く街並みが、一瞬、薄暗い部屋の燭台の明かりとその火を映しこんでぎらつくディルクの瞳に塗りつぶされた。
あれからディルクに会う機会はなかった。彼から会いに来ることもなく、手紙もなかった。だから、ユニカのことはもういいのかと。
よみがえってきた恐怖と、恥ずかしさで、ディルクの言葉をどう受け止めたらいいのかが分からずにユニカは一歩後退る。
「話なんて、」
謝るのか、言い訳をするのか。どっちにしたって今更だ。何を言われたところで、ディルクの言葉を信じるのは難しいだろう。
だったら聞きたくはない、もうあの夜のことには触れないで欲しい。
そんな気持ちが湧き上がってくるのに、まるでユニカを引き留めるように見つめてきた瞳から目が離せない。
「はいはい、喧嘩はあとな。とりあえずなんか着るもん買おうぜ。風邪引くぞ」
気まずく沈黙する二人の間に、その表情を読み取ったらしいルウェルが割り込んできた。そんなに気の利いた真似が出来るのかと意外に思ったが、彼自身が大きな身体を縮めているので単純に自分が寒いだけだろう。
「そうだな。予定の店は……」
「あっちあっち」
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