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空の器(7)
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けれど、すぐにクリスティアンが継げるような由緒正しい家名はそうそう都合よく転がっていない。
王に相談しようにも、今は大変気まずい。
何も言われてはいないが、彼があの日の出来事を知らぬはずはないのだから。現にありもしない内容までを含んだ噂が嵐のように飛び交っていたのだから。
以前からユニカと王太子の仲を怪しむ噂はあったものの、それは公の場でよく並んで過ごしている姿によるものだった。けれど王族という同じくくりに属する二人が並んでいることは別に不自然ではない。だから冷静な者はそんな噂を真に受けたりはしなかった。
ただし先日の宴の件は、その噂の証拠に近いものを提示してしまったといってもいい。
トルイユの使節と踊り終えたユニカをディルクがホールから連れ去り、その後、密室からそれぞれ出てくればどうだろう。
ユニカとの噂は望むところだったが、今回は少々加熱させ過ぎた。
王は、何も言わずに、噂をなかったことにしようとしている。ディルクを呼び出して事情を聞くなり叱りつけるなりすれば、それは、噂を真実にするようなものだから、動かない。
本当に、どっしりと構えるべきときを知っている人だ。
そしてその態度はつまり、ディルクとユニカの噂のような♀ヨ係を容認しないという意思表示でもあった。
もう求婚してしまったけど。そして断られた上に、せっかく順調に抜いていた茨の棘を再び生やさせるような失敗をしてしまったけど。
そうだ、あれはただの失敗だ。冷静になればなるほどばかばかしくなるくらい、自分らしくない失敗。
薔薇を渡したときの、狼狽えながらも少しだけ嬉しそうなユニカの様子と、薔薇を取り上げたときの怒りと怯えの混じった顔が一緒に思い出された。
そのあとの、彼女の唇の感触や体温のことはあまり思い出せないのに。
ほかによみがえる記憶はといえば、いつもユニカがまとっている香りの中に、あの男の香水の残り香が紛れていることだった。
目の奥がすうっと冷える。
家族と仲間の仇。
戦の糸を引いているあの男の一族はすべて、ディルクの仇だった。
戦線の光景が脳裏に広がる。まだ返り血を浴びていない諸将の顔が列んでいる。若いディルクの判断を、一つ一つ、後押しするように頷いてくれていた養父がその中にいた。
記憶の映像は不意に割れ、鏡の破片のように鋭くディルクを撫でて落ちていく。
こみ上げてきたものを抑え込むために溜息をつくと、何かを察知したようにルウェルが起きた。寝ぼけ眼でぼりぼりとハネっ毛の頭を掻いているが、彼がぼんやりしたふりでディルクの様子を確かめていることはなんとなく分かった。
しかしルウェルは何も言わないので、ディルクも何事もなかったように頬杖をつく手を替えた。
そうしてやっぱり溜息をついた。
どうしても抑えられなかったのだ。
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