天槍のユニカ



空の器(6)

 王家といくつかの家を軸に、右へ右へと広がり、ページを越えてなお続いていくいびつな家系図。様々な名前が木の葉のように並び重なり、背後に覆い被さってくるような鬱陶しさを伴う過去。
 この複雑なしがらみの中から、大公家の重鎮の跡を継いだ乳兄弟に相応しい家名を見つけるのは大変な困難だった。平生のディルクにさえ。心ここにあらずな彼には、多分不可能だ。
 自分でそう分かっていたので、実は一時間以上前に考えることをやめていたディルクだった。しかし顔を上げれば次のことを考えねばならなくなるので、まだこちらを考えるふりで過ごしていた。
 心優しい侍従のカミルは、ディルクが乳兄弟のためによほど悩んでいてほかの仕事が手に着かないのだと思ってくれている。ので、甲斐甲斐しく冷めたお茶を取り替えては様子を窺ってきたが、机の縁にディルクの決済を待つ書類が増えていっても、それについては何も言わない。
 一方ディルクがただ無気力なのだと知っているルウェルは、今日も℃カられることはないと踏んで、ソファに寝そべり、さっきからぐーぐーといびきをかいて寝ていた。
 もう数日で月が改まる。
 新年を迎える祝いは終わって、参賀のためにやって来た多くの人々が都を去っていった。それだけ王都内の警備に必要な人員が減って、ディルクがちょっとぼんやりしている余裕も出てきたのだが。
 そろそろ目を覚まさないとまずい。ちら、と脇の書類に目を遣り、でもやっぱり見なかったことにする。
 ラヒアックに急かされそうなものだけを選んで処理し、ちゃんと仕事をしているように見えるという小細工を働かす元気はあるというのに、それ以上は気力が保たなかった。
 あれから、気持ちが燃え尽きてしまったみたいに。
 この家系図を見ていても気が進まないのは、この仕事がひとえにユニカに通じるからだろう。
 ディルクはクリスティアンに与える家名を探していた。
 四公と称される、ウゼロ公国の要となる大貴族。ディルクを育てた後見人はその一人であったテナ侯爵で、クリスティアンはその爵位を継いだ歴とした公国貴族だ。それが彼とレオノーレに押し切られ、爵位を返上させてディルクの手許に置くことになってしまった。
 クリスティアンはそこで寝ているルウェルと並び、ディルクがこの世で最も信頼できる友人だった。手許におけるなら――まだ納得しきってはいないけれど――ユニカを守らせるにはもってこいの騎士。
 という経緯で、クリスティアンにはシヴィロ王国で名乗る家名と爵位を与えてやらねばならなかった。
 弟にすべてを譲ってディルクの許に留まるというクリスティアンは、つまり騎士の職務だけが便りの根無し草になってしまうわけだ。一度は『テナ侯爵』という大貴族の名を冠した彼を無名にしてしまうのはさすがに体面が悪すぎた。生家から棄てられ、初めから公妃という後ろ盾だけがすべてだったルウェルとはわけが違うのだ。

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