天槍のユニカ



空の器(5)

 ひざまずいてユニカの手を取り、自分の中指から外したサファイアの指輪を差し出してきたディルク。青金は王家の象徴。言葉が偽りではない証に渡されたもの。の、はずだった。
 だけど。
 ユニカが欲しい≠セけなのだろうか。伴侶として手に入らないのなら、妾妃の一人でもいいと、そういうことだったのだろうか。
「ユニカ」
 彼女は一歩後退った。立ち上がったエリーアスから逃げるためではなく、そのこと≠ノ失望している自分から逃れるためにだった。
 けれど勘違いしたエリーアスが、また腕を掴んでユニカを引き留めようとする。
「もうやめろ。自分が傷つくのを当たり前のことにするな。アヒムも、王妃さまも、生きていたら絶対に今のお前を止める」
 歳の離れた兄のように、ユニカが何もかもなくしても、誰かから何もかもを奪っても、変わらず見守るだけで、決してユニカのすることを止めようとはしなかったエリーアスが強く言い切った。
「城を出よう」
 ユニカの身体が更に強張る。
「……無理よ」
「無理じゃない。お前一人くらい、いつでも保護してやれる。王家から出て行けと言われている身なんだ、行き先がエルツェ家から教会に変わるだけの話だろ」
 そうかも知れない。教会――グラウン家という勢力は決して小さくはない。今は養父の師・導主パウルも王都にいる。たとえユニカが尼にならなくても、いくらでも身を隠しそのまま世間からいなくなれる道を用意してくれるだろう。
 そしてエリーアスは、かねてから言っていた通りユニカと一緒に暮らしてくれる。遺された者同士として、一緒にいてくれる。
 けれど違う=Bエリーアスは知らないことがある。
 ユニカが、キルルや、村の人々を殺したのだと、彼は知らない。
 ユニカも言わなかったが、エリーアス自身が、それを確かめないことで無意識のうちに心の均衡を保っている。だからユニカは言えなかった。言えなかったし、必要以上に彼に寄りかかることは出来なかった。
 だから無理だ。城を出ることは出来ない。
 王との約束を果たして、ユニカのすべてが終わるまで。
「行けないわエリー。だって、私は、」
 手を放してくれないエリーアスを振り返り、ユニカは諦めたように力ない笑みを浮かべた。
 エリーアスの手を振り切らずに済むように。せめて、彼から放してくれるように。

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 シヴィロ王国三百年来の歴史を描いた大樹。その複雑な枝のもつれを眺めながら、頬杖をついままディルクはゆっくりと瞬いた。

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