不協和音(15)
(見失ったか)
人混みの中に彼らの姿は見つけられなかったが、おおよその方向は分かる。彼は二人がいると思しき大広間の南側へ向かう。
どこへ行ったのだろう。嫌な予感がした。今になって、ユニカの手首を掴む王太子の様子が乱暴ではなかったかと思えてくる。
彼らの姿を見つけられない焦りに炙られていたエリーアスは、不自然な場所に佇む騎士の姿にふと気づいた。
重たい天鵞絨の仕切りでつくられた即席の休憩室の前に、室内用の片手剣を帯びた近衛騎士が立っていた。周りに彼が警護していると思しき人物はいない。またそこが彼の配置であるとも思えない。
大欠伸をしているところを見ると任務中ではないのかとも考えたが、ではその腰にある剣は誰を守るためのものなのだということになる。
エリーアスの脚は無意識のうちにその騎士の許へ向かっていた。
「ふあぁ……あ、何?」
その騎士の正面に立つと、思い出した。この間抜けな顔の赤毛の騎士は王太子の側近だ。ということは――
エリーアスが天鵞絨のカーテンに手をかける。すると、
「待った。取り込み中だから。つーかあんた誰」
騎士が鞘に収めた剣を突き出してきた。
「王家の狗には関係ない」
「ああ?」
僧侶からの思わぬ反抗に、騎士は単純に驚いたようだった。しかし剣は下げようとしない。ならば、とエリーアスはそれを掴みどけようとする。
「いや、関係ないのはそっちだろ。ダメだって言ってるし。休みたいならほかの部屋探せよ」
剣を掴んだ途端、騎士の目の色が変わった。口調こそ烈しくはないが、明らかに気色ばむ。だからといってエリーアスが引き下がる理由にはならない。
中にユニカがいるのだとしたら。
「退け」
「嫌だね」
ぎらつく騎士の目を同じような目で睨み返したあと、エリーアスは騎士の持つ剣をちらりと見た。
僧侶に血を流させることは大罪だ。鞘を抜き、この騎士の剣で手に傷の一つでも付けさせてやる。騒ぎになればそれでいい。
そう思いついたエリーアスは鞘を握る手に力を込める。
しかし彼が鞘を抜くより早く、カーテンの向こうから陶器の花瓶が砕け散る鈍い音が響いた。
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