天槍のユニカ



不協和音(11)

 けれどホールへ出て踊るほどの体力が、彼女にはもうなかった。そして「一曲も一緒に踊って差し上げられない代わりに」と言って、彼女は彼女の唯一の伴侶である王へ花を渡したのだ。それに応えてずっと王妃の傍に寄り添っていた王の姿は、王妃の容態が芳しくないという事実と合わせて人々の涙を誘った。
 王妃の前では、王を嫌いだとは言えなかったな。この宴へ出向いてくる大勢の貴族のことも。
 愛する側としても、愛される側としてもあまりに広い器を持っていた彼女が健在であれば。そう思うことがたくさんある。思うだけ詮ないことだが、やはり彼女がいない王城の中には、寂しい影のようなものがところどころに横たわっている気がする。王妃に続いて王子が死んだことも、一つの理由だろうが……。
 また幾人かと言葉を交わしつつ歩いていると、エルツェ公爵夫人を引き連れた派手な姫君を見かけた。
 先日、顔を出す程度に出席した何かの行事でユニカと一緒にいたことがある貴族の娘だ。そのときはユニカと彼女が女同士で親しげにしているように見えなくもなかったので、エリーアスはユニカに声をかけるのを遠慮しておいた。
 が、あとからあの派手な娘は誰なのかを調べたところ、騎士姫と名高い王太子の妹らしい。どう間違ったって、敵の返り血を浴び続けたがために髪が赤くなっていったと恐れられる公国の若き将と、ユニカの気が合うとは思えない。
 早速他国の王族からちょっかいをかけられているに違いない、とエリーアスは危ぶんだが、今日、騎士姫が連れているのは公爵夫人だけだった。これは不可解だ。公爵夫人はユニカの付き添い役を担っていると聞いたので。
 挨拶がてらユニカはどこにいるのか訊こう。エリーアスは人波をすり抜けて彼女たちのあとを追う。
 するとなぜか、エルツェ公爵夫人よりも先に彼女の前を歩いていた騎士姫がエリーアスに気づいた。赤銅のように赤く光る髪を揺らし、騎士姫は剣呑な目をして振り返る。
 正真正銘の武人である姫君は、後ろをつけてくる足音を敏感に聞き取っていたようだ。エリーアスの顔を知らない彼女は、見知らぬ僧侶に警戒心も露わな眼差しを突きつけてくる。
 にこりと微笑み返しながらもエリーアスは内心で毒づいた。なんと可愛げのない娘だ。
 遅れて振り返ったエルツェ公爵夫人は、「まぁ」と声を上げてお淑やかに驚き、歩みを止めてエリーアスに向き合った。
「ご無沙汰しております、公爵夫人。新年のご挨拶がすっかり遅れてしまいました」
「こちらこそ。導主さまとともにアマリアへいらしたのですって、エリーアス伝師。施療院にとってもユニカ様にとっても心強いこと」
「ユニカのお知り合いなの?」
 エリーアスが夫人の手を取り貴族の作法で挨拶していると、まるで目の前におもちゃをぶら下げられた猫のように目を輝かせた騎士姫が割り込んできた。
 ユニカ=H 今、この娘はそう言わなかったか。やはりユニカと親しくなったのだろうか。しかし、この活力のある視線はいかにもユニカが後退りたくなるものだ。

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