天槍のユニカ



不協和音(10)

 その話が動き出したのは昨年の九月半ば。クヴェン王子が夭折した直後である。
 今思えば、これは王が仕組んだことではないだろうかとエリーアスは考えていた。
 王にとって唯一の実子であるクヴェン王子が死んだのだ。王位継承権第二位の椅子に座っていたのは大公家の長子ディルク。彼がシヴィロ王国へやって来ることで必ず大きな波が立つ。ユニカがその波を被る可能性は大いにあり、実際彼女は思いもかけず貴族社会に引きずり出されることになった。
 そんなときのために、王はユニカを擁護出来る人間を集めているのではないだろうか。
 神の教えを盾に政へ干渉したりはしない。その大原則がある割に、徴税に必要な王国全土の戸籍を掌握しているのは貴族領主ではなく教会だ。そのことが貴族の勢力膨張を抑止してきたという現実があった。王家と教会が裏では結託し、貴族を統御する仕組みを運用しているのは明らかだ。
 もちろん、領内の戸籍を掌握されている貴族達は、やぶ蛇を恐れて秘められた仕組みを探ろうとはしないのだが。
 要するに教会の中枢と王は親密な関係にある。ユニカの出生についての情報は王と亡き王妃が共有していただろう。養父アヒムの経歴からからユニカと関わりがありそうな僧侶を拾い上げることはいくらでも出来るし、またその配置をユニカの近くへ持ってくることも可能だ。
(城の中でユニカがどんな目に遭っても、見て見ぬ振りだったくせに)
 その反面、王は目立たないところではこうしてそっと駒を動かしている。静かに盤面を操っているところが非常にいけ好かない。そしてそれをユニカに悟らせないがために、あの子はいつまで経っても王のことを恨んでいる。
 王は、ユニカをどうしたいのだろう。彼女を守るつもりがあるのか、ないのか、分かりにくいところもいけ好かない。
 けれど結果として、エリーアスの拠点はユニカが住む王都へ移ったわけだし、パウルもユニカに会えることを喜んでいる。そして近くに来ることが出来たからには、師父の権威も最大に利用してユニカを守ろうとエリーアスは思う。
 今日この宴に出られたのも王都に居を移していたからこそだ。住む場所が近くなったとはいえあまりご機嫌伺いに行けていなかったので、エリーアスは今日こそ新年の催しで疲れ切っているであろうユニカを慰めてやらねばと考えていた。
 いけ好かない王には周囲に気づかれない程度のつんけんした態度で挨拶をし、施療院に協力的な貴族や、王国南部の貴族とは念入りに話をする。エリーアスはそうして会場を渡りながらユニカの姿を探していた。
 するとそこここで、会場に用意された花瓶から花を抜き取り、贈り合う男女の姿を見かけた。
 ああそうか、一月最後の宴だから。
 納得しつつも、エリーアスはもの寂しい気分になる。
 この遊びを始めたのは亡き王妃クレスツェンツだ。
 一昨年のこの宴でのこと。すっかり痩せ衰えた姿で彼女は会場に用意された椅子に座っていた。見るからに体調が悪そうなのに、彼女を囲む友人達の姿は絶えず、彼女自身もまた楽しそうだった。エリーアスが会いに来たことも歓迎してくれた。

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