天槍のユニカ



不協和音(9)

「いや――ぁう、んん……!」
 か細い悲鳴はあっという間にディルクに呑み込まれ、いくらユニカが呻いても貪るような口づけはやみそうになかった。唇が離れてもそれは最小限の呼吸のためだけで、またすぐに荒々しい熱が絡みついてくる。
 怖くて、嫌で、呼吸も全然足りなくて気を失いそうだ。けれど疾駆する鼓動がそうはさせてくれない。
 そんな状況に耐えられないで藻掻いているうちに、閉じた瞼の中に青白い光が見えた。
 己の喘ぐ声に混じって、ぱちん、ぱちんと光が弾ける。頭の芯がじんと熱くなってくる。
 眼裏に散るのは天槍≠フ光だ。ユニカが身を守ろうとするときに呼び起こされる光。
(だめよ……!)
 暴れる始める稲光を抑え込もうとするが集中出来ない。口づけと同時にディルクの指が重たいネックレスの下をくぐり、背筋が粟立つような力加減で首筋を撫でている。その動きとともに胸を走るうずきが邪魔をする。
 ユニカは必死に手をのばした。このままではディルクに怪我をさせてしまう。こんなに手荒く組み敷かれているというのに、それだけは嫌だった。
 なんでもいい、誰でもいい。お願いだから、止めて。
 指先が滑らかな布に触った。もう肩が外れそうなほど腕をのばしていたが、あと少し、そう自分に言い聞かせて、指先に触れるばかりだった頼りない感触を思い切り掴む。
 そして強く引き下ろすと同時に、陶器の花瓶が砕け散る鈍い音がした。


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 新年を祝う最後の宴に、エリーアスは導主パウルの名代として出席していた。
 師父であるパウルには幼い頃から世話になっている。十代の半ばにはペシラの教会堂に属する僧侶となったエリーアスは、彼の出生地で導師をしていた実の父親よりも、パウルとともに過ごした時間の方がずぅっと長かった。
 実父はその跡を継いだエリーアスの兄に看取られて、数年前に天上の星の一つとなった。ので、それよりうんと年上の師父のこともそろそろ心配しておかねばならない。
 しかしまあ、あの人は生まれ故郷であるペシラで最上位の導主となれた上、このままペシラで穏やかに天命をまっとう出来そうなのだから、あれよこれよと憂えている事柄もなさそうでよかった――とエリーアスは思っていたのだが。
 パウルは突如、王都アマリアにあるグレディ大教会堂へと招かれた。導主という地位の中でも更に格が上がる、いわゆる栄転だ。しかし当人もエリーアスも、初めはあまり歓迎していなかった。
 なんといってもパウルは高齢だ。おまけに彼が温かい気候のビーレ領邦から出たことがあるのは今から四十年は昔の話で、これから寒くなるという秋の終わりに雪深い王都アマリアへの引っ越し≠促されても、第一に身体のことが心配だった。
 今日までしゃきっと元気でも足腰は弱ってきているし、風邪を引こうものならきっとすぐに衰弱して死んじゃいますよ、だからご自愛下さい。エリーアスはそうパウルへ進言して栄転を断るよう言ったのだが、彼は乗り気でないながらも「教主の命令だから」とアマリアへ行くことを選んだ。

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