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不協和音(8)
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嫌われていないならいいと言ったくせに。じゃあこれは、ユニカの意に反するこの状況は? ユニカは受け入れると思われているのだろうか?
ディルクが怒る理由だって分からない。気が済むという言葉の真意も。
「ご自分の気が済むからと、こんな乱暴な真似をなさるのですか」
最早お互いの間に距離と呼べるものがないことは分かっていたが、いざ剣呑に光る青緑色の瞳を目の前にすると声が震えた。
蝋燭の朱い光がディルクの中で溶けている。それでいて金色の鏃のように鋭いまま、ユニカの姿を映す鏡にもなっていた。
「そうだよ」
その光がぎらりと揺れた。不穏な笑みに歪んだのだ。
間髪容れず、二人の間にあった最後の隙間も消滅する。
影に覆われる視界。怖いくらいに熱を持った唇がぶつかってくる。そこまでは覚悟が出来ていたけれど、直後に唇を押し分けて入ってきたものにユニカは目を瞠った。
「―― !!」
ついに漏らしてしまった悲鳴は、しかしまともな音にならなかった。口内でもつれ合う舌が吸い込んでしまったように。
何が起こっているのだろう。これが口づけ? こんな乱暴なものが。
ユニカの中にこんなキスの仕方はなかった。追い出そうとすれば絡みつき、逃れようとしても追ってくるディルクの舌に耐えきれず、ユニカは渾身の力を込めて相手の身体を突き飛ばす。
辛うじて出来た半歩の距離が大きな救いに思えた。肩で息をしながら驚きと恐怖も露わにディルクを見つめる。彼は冷淡な目でユニカの動きを読んでいた。少なくともユニカにはそう思えた。
部屋からの出口はディルクの背後の一カ所だけだ。ぞっとしたがそこを目指すしかない。しかしユニカが視線を外したその瞬間、再びディルクの腕がのびてくる。
「や……」
拒絶を叫ぼうとした唇を先ほどと同じ口づけでふさがれ、逃がさじと背中に回された腕の力は骨を軋ませるかと思うほど。顔を逸らそうにも、うなじから差し込まれた大きな手に頭を押さえつけられていた。怖くて、息が苦しくて目も開けられない。
しかし息継ぎをするためのほんの一瞬、ユニカの身体を捕らえるディルクの力も弱まった。
それがよかったのか悪かったのかは……恐らく後者だ。
ユニカは無我夢中でディルクの腕から抜け出そうとしたが、ほとんどよろけるように動かした足でドレスの裾を踏みつける。そうして倒れ込んだ先はすぐ傍にあったカウチの上だ。
クッションが置いてあったおかげで肘掛けに頭をぶつけることもなかったが、大きく軋んだカウチの脚や背もたれ、そして熱を帯びた人の気配が覆い被さってくる感覚に血の気が引いていく。
香水の香りが降り注ぐように近づいてきた。柱に掲げられた蝋燭の火が見えなくなる。代わりに淡い金の髪に縁取られた佳容が迫ってくる。
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