天槍のユニカ



不協和音(7)

 内心で怯みながらもユニカは目を逸らさなかった。
「そのつもりでいて下さるのは陛下や殿下だけだと、エルツェ公爵やヘルミーネ様は仰っていました」
「君がそれを納得していないなら、その言葉は盾にはならないよ」
「……」
 交わった視線の間でユニカの立場のいびつさが浮き彫りになる。
 ディルクや王がどう主張しようと、公の身分を持ったユニカは特別だ。王家から出ることが決まっていようともユニカの存在が消えるわけではないし、これからも王家との関わりがあることは明らかだ。
 おまけにこうして宴に出ていれば、ユニカは正真正銘の王族に違いなかった。だからトルイユ王の使者が声をかけてきたりするのだ。
「君から離れたのは間違いだったな」
 数秒の重たい沈黙を破り、ディルクが呟た。
 そしてユニカが後じされないのを承知で身体を乗り出してくる。
 近すぎるところにディルクの吐息を感じ、ユニカは慌てて顔を逸らした。
「何をなさるのですか」
 慌てて相手の胸を押し返すがびくともしない。どころかその手を両方とも掴まれる。驚いたが、ユニカは決してディルクを見ようとはしなかった。彼が何をしようとしているかなんて聞くまでもない。ユニカはこの距離を知っている。
 けれど今は扇子がなかった。盾になるものがなかった。そしてディルクは初めから間合いに踏み込んできていた。
 否応なく高まる緊張で、胸が苦しい。
「私は殿下の恋人でも愛人でもないと言ったわ」
 それはこの先、永遠に通用する真実だった。ユニカの未来はディルクの隣に繋がったりしない。絶対に。花を贈られたって、一緒に踊ることがあったって、それは彼が王太子として伴侶を見つけるまでのこと。だから近づかないでと言っているのに。
 喉が裂けるような思いでそう吐き捨てたユニカの耳朶を、生暖かいものが撫でる。怒りと羞恥で熱くなった耳たぶに触れられているのに、なお温かいと感じるもの。
 ディルクの唇だった。それは耳朶の縁をなぞるように上から降りてきて、ユニカの今日のドレスに合わせてしつらえた真珠と金のイヤリングまでたどり着いた。金具に歯を立てられる硬い音が鼓膜を震わし、ユニカは息を呑んで悲鳴を堪える。
 夜会に出るとき、髪を結われるのが嫌だ。宝石がついた櫛やたくさんのピンを挿されるのも嫌いだし、頭に色々着いていると気になって落ち着かない。うなじは晒したくないと言って長い髪を背中に垂らす髪型を許して貰ってはいたが、今はまるでディルクに差し出すように横顔が露わになっていることがたまらなかった。
 金の粒の飾りを揺らし、ディルクは先ほどのように耳と頬の境目に口づけてくる。
「だとしても、こうでもしないと俺の気が済まない」
 片方の腕を解放される代わりに、手套に包まれたディルクの手が頬に添えられた。その手に無理矢理導かれるよりも先にと、ユニカは意を決して正面からディルクを睨めつける。

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