天槍のユニカ



不協和音(1)

第九話 不協和音


 これまで美しい踊りを披露していた人々に賑やかな拍手が贈られ、次にホールへ進み出るカップル達もまた拍手で歓迎される。
 そんな華々しい舞台へ手を重ねて脚を踏み入れた二人が、トルイユの使節代表と『天槍の娘』こと、にわか王女のユニカであると気づいた者は初めほとんどいなかった。
 何せユニカは今まで誰とも踊らなかったし、宴の会場にいはしても隅っこで心細そうにうつむいていただけだ。まさかそんな娘が踊ることなど誰も想像していなかっただろう。
 男に手を引かれるまま、ホールの中央まで進み出る。観客達の姿は遠いが、周りはめいめいの相手と視線を交わすほかのカップルに完全に囲まれた。逃げ道はない。
「扇子をお預かりしましょう」
 男はユニカの手からそれを受け取り、上着の中にしまう。そして緩やかな曲の前奏が始まるのと同時に、ユニカの手を握って背に腕をまわしてきた。ユニカも慌てて男の肩に手をかける。
 分かっていたことだがとても近い。教師以外とこの体勢になるのは初めてだったので、たったそれだけのことだがどうしようもなく緊張した。
 しかし緊張すればするほど相手の呼吸を感じられなくなり、お互いの足を踏んだり踏まれたりする仲になってしまうのだ。練習ではそれでもよかったが、ここは本物の宴の会場、そして相手は隣国の王が遣わした使者。足を踏みつけ合う仲になるわけにはいかない。
 遠くから聞こえる宮廷楽団の雅な演奏。そのリズムを掴もうと必死で耳をそばだて足を動かしていると、ユニカの額をふっと笑い声がかすめた。
「眉間に皺を寄せて踊る女性を初めて見ました」
 話しかけないで、と思いながらも、ユニカは青年をちらりと睨む。そしてすぐに足許に視線を戻した。
「大丈夫。お上手ですよ。それと、うつむかずに胸を張っていた方が足も動きます」
 それはダンスの教師にもさんざん言われたことだったが、顔を上げたらあげたで相手が怯むのでなかなか実践出来なかった。もちろん今も。ユニカは唇を引き結び、一人心の中で真剣に拍子をとっていた。
 すると突然、男が足を止める。つんのめって男の方に倒れかかるのをどうにか堪えたが、危うく転ぶところだ。どういうつもりかと相手を睨み上げれば――
「そのまま」
 彼は目を細めて呟いた。あまりに真剣でいっそ冷ややかなほど平淡な口調に、ユニカは気圧される。そうして驚きを抱いたまま、彼に引きずられるようにまた踊り出す。
 天井から吊された無数の灯りに翳り、また照らし出される相手の顔を見ていると、楽団の奏でる音色が自然と耳の奥へ流れ込んできた。影と光の揺らぎが音楽の調子を教えてくれているのだ。
 周囲には同じように踊る男女が溢れているというのに、自分と男の靴が床を打つ音がリズムよく聞こえた。むしろ音楽とその音だけがあたりを満たした。
 操られるようにひらりくるりと廻る。相手と呼吸を合わせるとはこういうことで、そうすれば本当にそれなりに踊れるのだとユニカは驚いた。もうそろそろ曲も半ばまで終わるが、まだ男の足を踏んでいないし自分のドレスに足を絡め取られてもいない。

- 600 -


[しおりをはさむ]