天槍のユニカ



はなびらの憂い(1)

第八話 はなびらの憂い


 今宵の雪には雨が混じっていた。窓を叩く音はいつにも増して硬く冷たいが、すべての音を雪が呑み込む真冬の夜とは違い、このかしましさこそが春を告げているのだ。
 雪解けを祝福する寂しげな音を聴きながら、国王ユグフェルトはエルツェ公爵テオバルトの話にも耳を傾けていた。
「公女さまの仰ることにも一理あります。国を乱さないための約束。確かにそうでした。双方に割り切れない思いがあることは承知の上で、それすら封じ込めたのが現在の大公家の姿です。ともに嘘をついた共犯者として、我らは最後までいつわりを真実として扱わねばならないはずなのです。それに公女さまも、王太子殿下も、ご自身のために犠牲になった者の存在をご存じだ。その上で王家の務めをご立派に果たしていらっしゃる。あの方達の未来に障りを残す振る舞いはしてはなりません。それは国にとっての障りともなりましょうから」
 王への諫言というにはあまりに遠慮がなく、けれど雑談のような軽々しさだった。
 ユグフェルトは黒い窓硝子に映った友人であり亡き妻の兄でもある男を疲れた視線で見つめた。彼、テオバルトは、出された葡萄酒を舐めつつこちらを見ている。硝子越しに目が合い、ユグフェルトは観念したように振り返った。
 犠牲≠ゥ。
 窓越しに忍び寄る冷気に背中を撫でられる。しゃんと背筋を伸ばした彼はひとつも身体を震わせはしないが、責められている気分にはなった。
 妹の不義を隠蔽するために処断した関係者の数は、両手の指でも数え切れなかった。ハイデマリーの侍女、召使い、妊娠中の彼女を診療していた医官、医女、ディルクを取り上げた産婆でさえ。苦しい隠蔽工作のために、可能な限り口を閉じさせた=B二度と開けぬように。
 そして王女の警護を任せた若き近衛騎士ハーラルト。彼の純粋で真っ直ぐな眼差しは今でも思い出せる。
 嫁いで行く妹を必ず守ると誓ったその目。嘘ではなかったと思うし、猥らな心も抱いてはいなかったと思う。何があって彼と妹があのような関係を結んだのかは、ついぞ彼と再会することのなかったユグフェルトには分からない。
 ただ、忠心篤い彼のことだから、計り知れない苦悩の末に死んでいったのだろう。
 公女と公子の実母ヴィルマも、この先一生、その存在を明るみに出されることなく生きていかねばならない。公妃の影として大公エッカルトへの愛を貫くと決め、自ら人生を闇に隠した気丈な女。彼女の人生も、最早あってないようなものだ。
 犠牲≠ゥ。
 同じ溜息を繰り返し、王はエルツェ公爵を見た。公爵は、励ますように笑ってくれていた。

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