天槍のユニカ



家族の事情U(7)

「私に王妃さまの代わりを務めるのは無理よ。私は――」
 玉座を降りた王の命を貰って、それでおしまい≠セ。
 自分で決めて、着々と迫り来る、けれどまだ遠いところにある約束の時。
 温かさに甘えそうになるユニカを冷静にさせる終着点は、大好きだった二人目の養い親が遺した強く美しいものと絶対に交わらない。
 ユニカの睫毛が静かに伏せられると、それを見ていたエリュゼは、以前この話をしていたときのようにひどく傷ついた顔をした。
「なぁに、あなたたちも喧嘩してるの?」
 扉を開けたまま話していたので、いい加減寒くなったのだろう。酒杯を持ったレオノーレが主室から出てきて、ユニカの背中にふらりとしなだれかかってくる。
 肩に載せられたレオノーレの顎。吐き出される息には葡萄酒のよい香りが混じる。しかしくたびれた様子の彼女の目は笑っていなかった。
「ねぇあなた。プラネルト女伯爵だったかしら? ユニカは王族よ。臣下の自覚があるなら自分が引き下がらなくちゃいけないことを思い出しなさい」
 そしてその格好のまま、レオノーレは気怠げに言った。
 エリュゼの目がはっと見開かれる。彼女はすぐさま臣下の礼をとった。
「申し訳ございませんでした、ユニカ様。また日を改めてご相談に伺います。お休みなさいませ」
 蝶の簪を光らせながらエリュゼはいっそう深く腰を折り、一方的に辞去の言葉を述べると、よく顔も見せないまま踵を返した。
 気のせいだろうか、ちらりと見えた頬が濡れていたように思えたのだが。
「ふふふ、さっきディルクを追い払ってくれたお礼よ」
 エリュゼが去るのを見送り、後ろめたい気分で部屋に戻るユニカにレオノーレが囁いた。
 エリュゼを追い払いたいわけではなかったのだが、……でも、今日はもう疲れた。これでいいのだろう。
 お気に入りのカウチがレオノーレによって再び占拠されるのを為す術なく見守りながら、ユニカは深く溜息をついた。

**********

 眠たそうにしていたレオノーレがディディエンに連れられて今夜の寝室に移ったあと、ユニカも早速寝支度に取りかかった。
 ユニカが眠る前に挨拶を交わす相手は、審問会のあとから増えた。それまでは寝具を整えてくれる侍女だけだったが、今はユニカの周りを警護する近衛騎士もやって来る。昼間ユニカの傍にいた騎士と、不寝番の騎士とが交代の報告に来るのだ。
 彼らの羽織る真紅のマントやベルトに吊された厳めしい剣を見ると、今でも心臓がぎゅっとする。しかしディルクと王が厳選したという騎士たちは、これまでのところ王族に接する作法を破らずユニカを丁寧に扱い、彼女が自分たちを怖がっていることを知っているのかいつでも距離を置いたところにいてくれた。
 内心でどう思われているか知らないが、愛想がなくても親切ではなくても、それで充分だ。

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