天槍のユニカ



家族の事情(12)

 いずれは彼女との間に子をもうけねばならないことを考えると、この距離を縮めるために何らかのきっかけが必要だったが、まだ焦ることもない。
 その言い訳が、そうして目を背けたことが、取り返しのつかない歪みを生んだと彼が知ったのは、それから半年も経たないある日のことだ。
 ハイデマリーの寝室を訪ね、結局は彼女に追い返される形で去る……そんなことを繰り返している内に、エッカルトもおおやけの場以外では彼女に会うことがほとんどなくなっていた。
 時折妻の寝室を訪ねているおかげで、二人の仲が危ういのではないかと強く怪しまれることはなかったが、それも計算した上で追い返されるためにハイデマリーのもとを訪ねるのだ。エッカルトにとって面白いことなどあるはずがない。
 王族としての義務を放棄する妻に代わって彼を癒やしていたのは、やはりヴィルマだった。
「子が?」
 ともに過ごす時間が長い分、それは当然の流れであったろう。
 ある夜、自分のもとを訪ねてきた公子にヴィルマは懐妊の兆しがあることを告げた。
 彼女はすでにエッカルトの愛妾という立場で城内に部屋を与えられ、しかしハイデマリーに憚ってひっそりと暮らしていた。
「もちろん嬉しいのだけど、お妃さまより先にわたしが殿下の御子を授かってしまうのはいかがなものかしら……」
「……」
 ヴィルマが悲しげに瞼を伏せる。勝ち気な気性の彼女がこんなに不安げな顔をするのは、ひとえにエッカルトの子――すなわち後継者の問題が国の行く末を左右するからだ。
 もしも自分が先に男児を産んだら。
 ヴィルマはエッカルトの妃ではないし、彼女の生家も貴族としては位が低い。ヴィルマの産んだ子供がエッカルトの後を継いでいつか大公になる、ということは許されないだろう。
 しかし火種にはなる。
 シヴィロ王国とウゼロ公国は、長きにわたり同じ歴史を歩んできた兄弟だ。ただしその結束が盤石のものであるとは言い難いのが実情だった。
 王国の支配を離れ、公国は完全な独立国として歩むべきだと考える臣下もいる。そうした者たちにとって、王家の血を継がない大公家の子供はまたとない旗印となってしまうだろう。
 そんなことが起きないために、大公家は王家から妃を迎えたというのに。
 ヴィルマより先に王女が子を授かっていれば話は違う。少なくとも王女の子が有利になる。何せあちらは嫡流であるし、公子の第一子という肩書きは強い力を持つはずだ。
 ヴィルマが感じる不安を、エッカルトが分かっていないはずがなかった。
 彼もヴィルマが先に子を産むことを危惧した。正確には、生まれたその子供を即座に闇へ葬らねばならないかも知れないという可能性を。
 いや、それはほとんど決まった運命だ。ハイデマリーがヴィルマより先に子を産むことはあり得ない。

- 571 -


[しおりをはさむ]