天槍のユニカ



家族の事情(9)

「これはこれは、申し訳ありません、公女殿下。しかし初めにこの秘密をひけらかし、陛下に喧嘩を売ったのはあなた様ですぞ」
「ふん、別にひけらかしてなんかないわ。それに、先に約束を破ったのは陛下の方よ」
 レオノーレは呻きながらカウチを降り、手に持っていた空の杯を見て溜息をついく。
「お酒がないわ」
 全部自分で飲んだのではないか。
 そう言ってやりたかったが、彼女の知らない内に秘密を知ろうとしていたことが後ろめたく、ユニカはただうつむいた。
 レオノーレは空の杯をディディエンに渡し、自分で胸元のリボンを締め直しながらユニカの隣にやって来た。そしてテーブルに手を突いてにたりと笑い、ユニカの顔を覗き込んでくる。
 それはどういう意図を含んだ笑みなのだろう。薄暗い感情の紗を被っているように見えるのは、寝起きでレオノーレの顔色がよろしくないからなのか。それとも多少は不快に思っているのか。
「続きはあたしが話してあげるわ。あたしも当事者の一人だもの。ユニカは親友だしね」
 自分で椅子を引いて席に着いた彼女は、乱れて首筋にまとわりつく髪を払いのけ、流れるような仕草で頬杖をついた。
 姫君然としているというにはどこか妖艶で、毒気を孕んだ笑みをたたえたまま、レオノーレは一同を順に見つめる。
「あたしはエルツェ公より多くの真実を知っているわ。でもコトの全容を知るのはこの世に数人だけ。そしてあたしはその中に入っていない。だからすべてを知っているわけじゃないの。それを踏まえて聞いてちょうだい」


 ハイデマリー王女の話は詳しくは知らない。だから代わりに、あたしからは父さまのことを話すわ。
 そう言って切り出したレオノーレは、ディディエンのすすめに従い、葡萄酒ではなくユニカと同じハーブティーが入ったカップを手に取った。
「父さまはね、シヴィロの国王陛下と同じくらいに気難し屋で頑固なのよ。好き嫌いがはっきりしていて、大事にするものとそうでないものの扱いの差が激しいわ。政治手腕は確かなんだけど、そういう子供っぽいところが玉に瑕よね。でも普段は優しい父さま。あたしが騎士になりたいと言ったら許してくれたし、小母さま――グリーエネラ女公爵と一緒に南部の戦線にかかりっきりなことも心配してくれてる。もちろん、あたしと小母さまなら国境を守れるって信じてもくれてるわ」
 そう言うレオノーレの横顔は、家族のことを話すただの娘だった。しどけなく頬杖をついたままだったが、先ほどまで滲み出ていた危うい毒気は感じられない。彼女の言葉は初春のまだ寒い夜に確かな温かみをもって響く。
「ハイデマリー王女が父さまのところへ嫁いでくるずっと前、それこそ父さまにやっとものごころがついたくらいの幼い頃から、父さまの傍にはある女がいたの。のちに父さまのコンパニオンを務める、ヴィルマという女よ」

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