天槍のユニカ



家族の事情(8)

 ハイデマリーは王女だ。王家の娘は国にとって最上級の政略の駒だった。
 いずれ彼女は臣下の家へ嫁ぐ。その相手がどの家となるのか、皆が大きな関心を持っていた。
 しかしちょうど、当時の大公家にはハイデマリーと歳の近い公子がいた。
 最後に王家と大公家の婚姻が結ばれたのは三代も四代も前の話。両家の血の繋がりを守るため、恐らくハイデマリーは大公家に嫁ぐだろう……。
 誰もが抱いたその予想は裏切られることなく、ハイデマリーが十歳のとき、彼女と公子エッカルトの婚約が発表される。
「そして十七歳になったマリー様は公国へ嫁いで行かれた。そのときにシヴィロ王国から随伴した騎士が、王女の養育を任されていたブリュック女侯爵の次男。ああそれから、王太子殿下付きの近衛騎士をやってるルウェル・ギムガルテもお供として公国へ行ったな」
「あの騎士も、シヴィロの生まれだったのですか?」
「そうだよ。確か近衛隊長殿の縁者ではなかったかな。ほかの家へ養子に出されたあと、結局王国も出て行くことになったようだね。まあ、おかげで大公妃お気に入りの騎士の身分に収まることが出来たんだ。幸運だったと言うべきさ」
 話の合間に葡萄酒で喉を潤すエルツェ公爵から目を逸らし、ユニカはここ最近続いていた新年の行事の中で、常にディルクと一緒に行動している赤毛の騎士の顔を思い浮かべた。
 やかましいしがさつだし、ユニカはあの騎士のことも苦手である。どうしてあんな男が近衛騎士の身分を持っているのかと疑問に思っていたが、その答えが分かった。
 近衛隊長の縁者ということは名門貴族の出身であるし、公妃に仕えていたということはディルクとも特別親しい仲なのだ。
 人目が遠のいたとき、彼らが主従というより友人同士のような気安い雰囲気でやりとりしているのにようやく納得がいった。
「王家の姫君の輿入れは公国でも大いに歓迎され、翌年、マリー様は早くも男の御子をお産みになった」
「それが王太子殿下……?」
「そう」
 王家と大公家の血を継ぐ男児の誕生。
 兄弟のちぎりを結んだ両国にとって、それは歴史の継続が約束されたも同然の慶事であったはずだ。
 しかし頷く公爵の顔色はひどく冷めていた。
「でも、その慶事の裏ではとてもまずいことが起きていたのよ」
 公爵が続きを語るのをじっと待っていたユニカは、びくりと肩を強ばらせる。
 後ろを振り返ってみれば、離れたところにあるカウチの上でレオノーレが起き上がっていた。
 クッションにもたれかかる彼女の顔は、半分がその赤っけの強い金髪で覆われている。
 片方だけ見える青い目がゆるゆると動き、テーブルに集っていたユニカたちを気怠げに映した。
「いい趣味ですわねエルツェ公。当人たちがいないところで、勝手に秘密を暴露しようだなんて」

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