天槍のユニカ



家族の事情(7)

 華やかな葡萄酒の香りと優しいハーブの香りが入り交じる。テーブルの真ん中から三人を照らす燭台の火がどこか妖しく見えた。
 これから始める内証話の全容を知っているかのように、公爵が杯を持ち上げると同時に灯火はゆらりと嗤う。
「陛下の妹君、王女ハイデマリー様が公国へ嫁いだのは、君たちが生まれるよりも前のことだ」
 王家と大公家。両家は頻繁に血を交え、王家に後継のいないときには大公家の嫡子が次の玉座に就く。
 二百年あまり守られてきたその掟のため、当時十七歳の王女ハイデマリーは、ウゼロ大公の嫡子エッカルトの妃となった。

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「先王陛下とご正妃の間には、三人の王子と一人の王女……マリー様が産まれた。長子は言うまでもなく今の国王陛下のことだ。あと二人の王子は、残念ながら幼い内に亡くなられてしまった。そんなわけで、歳は離れていたけれど、陛下は末の妹であったマリー様のことをたいへん可愛く思っていらしたよ」
 王子二人の死を経験したシヴィロ王国の臣民は、四人目の王家の御子、それも待望の姫君の誕生を大いに喜んだ。
 人々にも、父母にも兄にも愛され、王女は美しく成長してゆく。
 蜜の糸を思わせる淡い金色の髪は、王家の血筋によく現れる色。陶器のようにすべらかでか弱げな白い肌、薔薇の花びらのように愛らしく瑞々しい唇。
 涼やかな佳容は夏の女神に例えられたが、何より人々の興味を引いたのは彼女の瞳の色だ。
 光の加減によって、青にも緑にも見える、まるで湖水のような鮮やかな色彩の双眸。その色は父母である国王夫妻にも、血を分けた兄にもない色だった。
 愛らしい容姿を凜と引き締めるその瞳の色に微笑みが滲むと、誰もが魅了され彼女の前で膝を折った。
「そんなマリー様の養育を任されていたのが、当時若くして未亡人になり、夫から侯爵位を継いだアメリジア・ブリュック女侯爵だ」
 ユニカとエリュゼは顔を見合わせる。
 ユニカは貴婦人たちのサロンでたびたびその名と噂を聞いていたし、エリュゼもプラネルト伯爵家の当主として、ブリュック女侯爵と呼ばれた貴婦人が今どうしているかを知っていた。
「あの女傑も、昔は先王陛下と当代の陛下から信頼される有力貴族だったというわけさ。私が子供の頃は我がエルツェ家もあちらの家とも仲良くしていたから、彼女の息子二人や、マリー様ともよく遊んだよ」
 それはさておき、と公爵は続ける。

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