天槍のユニカ



家族の事情(1)

第六話 家族の事情


「待て、レオ!」
「嫌よ! ついてこないで! 絶対謝らないわよ、陛下が先に謝って下さるならあたしも謝るけど!」
「馬鹿なことを言うな! 投獄されないだけありがたいと思え。すぐに訂正して陛下にお詫びしろ!」
「嫌だって言ってるでしょ!!」
 唾が飛ぶのも厭わずにレオノーレは叫ぶ。そしてものすごい力でユニカの腕を引っ張りながら、怒り狂って西の宮の廊下をずかずかと歩いていた。
 脚や下履きが見えようとまったく構わない。ドレスの裾を持ち上げ大股で突き進む。ユニカは小走りにならないとついて行けないほどだ。
 とはいえ、ユニカは別についていきたいわけではなかった。腕を振り払う隙もないのだ。ここ何年もろくに走ったことのない彼女はすっかり息が上がっていた。
 二人の後ろからは、彼女らの侍女と騎士を引き連れてディルクが追いかけてきていた。
 西の宮に立ち入ることを禁じられているはずのディルクだが、入り口で少し躊躇っただけで結局ユニカとレオノーレを追いかけてきた。
 歩きながら言い争う二人に挟まれ、しかしつんのめって転ばないように必死で彼らの口論どころではなかったユニカは、気がついたときには自分の部屋に押し込まれていた。
 ディディエンとリータはまだ追いついてきていないのに、レオノーレが乱暴に扉を閉めてしまう。直前にディルクの顔が見えたが彼もあえなく締め出された。
 部屋の中を掃除していた召使いたちとフラレイが、突然の主の帰着にびっくりして手を止める。
「レオ!」
「ふん! 西の宮へ入っていいというお許しは貰っているの、ディルク? 陛下に怒られる前に出て行ったらどう?」
「だったらお前も出てこい、ここはユニカの部屋だぞ。お前の滞在場所は外郭の迎賓館だ」
「ユニカが入れてくれたんだもの。あたしは入っていいのよ」
 また勝手に……とは思ったが、息が乱れて怒るに怒れないしそんな気力もない。
 ユニカはフラレイに支えられながらよろよろとソファまで歩いて行き、扉越しにディルクと口論を続けるレオノーレの背中を眺めた。好きにしたらいい。
「ねえユニカ、ディルクを追い払ってよ。あたし、しばらく誰とも話したくないわ。腹が立ってて仕方ないのよ。今は誰に何を言われてもぜんぜん素直に聞ける気がしないの。あるでしょう? そういうとき」
 すると不意に公女は振り返った。そしてソファでぐったりするユニカの隣に座り、この世の終わりだと言わんばかりの切羽詰まった顔で嘆く。
 歩きながら髪飾りをむしり取っていたので、レオノーレの赤っぽい金髪は彼女の興奮と比例するように乱れていた。
「頭を冷やして反省したいということ?」
「反省? あたしが反省しなきゃいけないことなんてないわよ。でもディルクの声を聞くのも嫌なの」

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