天槍のユニカ



傷口と鏡の裏(12)

「あの、お芝居を見に行くって……?」
 約束した覚えもなく(実際に約束もしておらず)、サロンで交わした言葉の内容も詳しく覚えていないユニカは、ただ訝しんで二人の顔を交互に見つめた。
 芝居というのは、アマリアにいくつかある大小の歌劇場で、昼間に上演されているもののことではないのか。真夜中に行って何が見られるのだろう。
 そんなユニカの疑問は、レオノーレがあっさりと解決する。
「上演が禁止されているようないかがわしいお芝居だから、夜にしか見られないのですわ。昼間に演(や)っていたら即検挙。でも一応夜に隠れているしひどく人気だから、お目こぼしされているそうよ」
「い、」
 いかがわしい、即検挙……。
 なるほど、と思う一方、ユニカはそんなものを「面白そう」と言っただろうか。いや、公爵夫人の前でそんな話題が許されたか?
 なぜかちょくちょくサロンに現れるレオノーレ。彼女がいる日は、貴婦人達のお喋りは特に賑やかだ。
 レオノーレはまるで昔からの友人であるかのように彼女たちと話し、もちろんユニカも会話に巻き込もうとする。その度にびくびくしているユニカは、弾みで変な返事をしたのかも知れない。
 元日の出会い方こそああいう強引さだったが、ディルクがなんと言ったのか、それ以来レオノーレは、ユニカのことを根掘り葉掘り聞いてはこない。時々じっとユニカの反応を観察していることがあるが、おおよそ他の貴婦人に対するのと同じ態度で気安く話しかけてきた。
 最初は戸惑ったが、ユニカなりにだいぶ慣れた。多分。
 レオノーレは大胆だが、実は微妙に人との距離を調節していた。その接し方はどこかで見たことがあった。亡き王妃クレスツェンツに似ているのだと気がついた途端、ユニカの警戒心は一気に弛んだ。
「ユニカ様も、男女の色事に興味がおありってことよね?」
 ヴェールとおそろいの黒いレースの扇子を広げ、レオノーレが耳打ちしてくる。その唐突な間合いの詰め方にも慣れて――慣れてきたけれどやはりまだ驚いてしまう。
 ぎゅっと身体を強ばらせたユニカの反応を照れ隠しだと解釈した彼女は、そのままくすくすと耳許で笑った。
「照れなくてもよろしいのに! みんな興味があることですわ。今夜もきっと満席なんだから」
「別に、そういうわけでは……」
 照れているわけでも興味があるわけでもないが、ユニカの否定などレオノーレは聞いていない。
「ディルクにどう応えればいいのか、参考になるかも知れませんし?」
 続いて聞こえた言葉に、ユニカはぎょっと目を瞠る。それはどういう意味だ。
 問い返したかったが、向かいに座るクレマー伯爵夫人にレオノーレの声は聞こえていなかったようだ。聞こえていては困る。だからそれはよかったものの、彼女の前でこれ以上この話は出来ない。


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