傷口と鏡の裏(6)
「心配ない。彼女の警護をしたがる騎士は、王家の近衛にはいないんだ」
それがディルクの身辺を守る騎士の人事であれば、当然方々から反感を買ったことだろう。しかしユニカの警護を担当させる騎士となれば、今のところまったくその懸念は必要なかった。
今は近衛騎士の中から数名を選んでユニカの周辺を守らせているが、どの騎士も、打診したときには渋い顔をした。チーゼル卿の一件で、ユニカに関わった仲間が騎士から罪人へ姿を変えてしまったことの影響が大きいのだろう。
特別な反感はなくても、皆ユニカのことを避けたいと思っている。
ディルクとしても、まだ完全な手駒ではない王家の騎士は、ユニカの安全を預けることに限っては信用できない。
そこで王に許可を貰ったのが、公国からやってくる騎士にユニカを守らせることだった。
レオノーレの騎士団には、バルタスでともに戦った元部下も多い。彼らを束ねるヴィルヘルムも快く人員を融通してくれるという。あとはユニカの身辺警護専任の騎士を置くことについて、当人に納得させるだけだ。
「『彼女』と仰るのは、我らの公女殿下が熱を上げていらしゃっる王家の姫君のことでしょうか?」
「そうだよ」
相槌を打つものの、好奇心をちらつかせるヴィルヘルムの期待をディルクはまたもはぐらかした。レオノーレの騎士団から引き抜きたい騎士達の選定に話題を移すと、彼はあからさまに残念そうな顔をする。
しかし致し方ない。ユニカについて公表できる情報は、亡き王妃の意思によって王家へ養女に入った。これだけなのだから。
今日は騎士の引き抜きの件を詰めるために来て貰ったので、小一時間もして話がまとまると、ヴィルヘルムは席を立った。
ルウェルがディルクの執務室へやって来たのは、ちょうどその時である。
「ディルクー、隊長さんからー」
書類の入った筒を何本も脇に抱えた格好で、ノックもせずに部屋へ入ってきた赤毛の騎士は、ディルクと別れの挨拶を交わす二人に気がつく。そして先ほどのディルクに劣らぬほど明るく瞳を輝かせた。
「お、懐かしい顔!」
そして彼は近衛隊長から預かってきたと思しき書簡をディルクに押しつけると、揃って渋面を浮かべる二人に抱擁を求めた。が、公国の騎士達が応えてくれる様子はない。
「あれ?」
「随分、こちらに馴染んでいるようだな、ルウェル」
再会を喜ぶ抱擁の代わりに返って来たのは、ヴィルヘルムの詰問の視線だ。ルウェルは厳しい眼差しに微塵も怯まず、壮年の騎士が怒っている理由を量りかねて首を傾げた。
「そりゃ、シヴィロに来てふた月経つし?」
「何故勝手に公国を出た! 任務の引き継ぎも完了しないまま公城を離れて、公妃さまのお口添えがなければ軍規違反で処罰されているところだぞ!」
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